大峰庵の日々

時々の思いをつづります。

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キャベツとゴーヤと

私は毎朝、朝食前にキャベツをジューサーにかけて飲みますが、絞り粕が多量に出ます。
前にウサギを飼っていたときに与えてみましたが、エキスを絞った後はやはり美味しくないのでしょうね。あまり食べませんでした。
キャベツは四季を通じて飲みやすいですが、春キャベツは特に甘味があります。

前に胃潰瘍の薬害で肝臓の具合が悪かったことがあります。
長い間、沖縄からウコンの錠剤を取り寄せて飲みました。月に1万円も払った覚えがあります。
肝臓の調子が戻ってから、ゴーヤをジュースにして飲みました。
これは癖があって飲みにくいものでしたが、慣れると結構美味しいと感じたものです。
5年くらい軒下で7本ほどを蔓にして日よけをかねて作ったものでした。

昨年の7月10日までヘビースモーカーで、今では強いといわれる「セブンスター」を1日に50本=2箱半吸っていました。
体調が悪くなったのも当然ですね。
今日で禁煙8ヶ月と20日です。まだ、たまに吸いたくなるのが怖いところですね。

倅を送って埼玉に行ったこの前、新幹線がすべて禁煙になったと放送していました。昨年までの私なら絶えられない何時間かだったことでしょう。
改めて禁煙のきっかけを与えてくれた おここさんと百代さんに感謝したいものです。
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昨日の地震と・・・

昨日は3男の大学入学前のアパートの契約に埼玉県の大宮まで行ってきました。
午前7時37分の列者で地元から乗り出し、越後湯沢から新幹線で45分の距離です。

県境の大清水トンネル約20分の3分の2のところで、停電になりました。程なく、新幹線が停止しました。小さい明かりの中、新潟、北陸地方で地震があり、しばらく停車しますというアナウンスです。

トンネルの中での停電、停車というのはあまり気持ちのよいものでありませんね。
まして、2年前に中越地震の震源地となった経験がありますからなおさらです。
家に電話したところ、ゆれはすごかったけれど、被害はないということで安心しました。
新幹線も、30分遅れで動き出しました。

せがれの買い物の補充をし、大家さんと契約もすみましたので、3時頃大宮駅で新幹線を待ちました。
東京から越後湯沢駅までは走っているということですが、なかなか東京駅からの新幹線がきません。
結局も50分遅れできましたが、立錐の余地もないほど込んでいます。
日曜の午後とあって、子供連れ、乳児連れのお客さんも大勢いました。
結局、両手に重い荷物を下げて、不自然な姿勢で、とりあえず午後6時ころに帰ってきました。
若いときと違って、わずかな時間でしたが疲れましたね。

当市でも、80歳のおじいさんが、階段から転げ落ちて亡くなったと今朝の新聞で読みました。
被害に遭われた方、2年前の自分のところと思い合わせて同情の念を禁じ得ません。

明日は留守になります。

3男のアパート契約のために明日は1日留守になります。
まかないつきのところを予定していたのですが、急遽変更になりましたので、とりあえずの包丁、鍋、まな板なども必要になります。

足りないところは自分で、徐々に整えるしかありませんが、近所にどんなお店があるかくらいはアパートの管理人さんから聞いておかなくてはいけませんね。
そんなわけで、新幹線で1時間ほどのところですが、こまごましたことも必要ですから、やはり1日の日程にしなくてはならないでしょう。

ひどいですね。

3男が産経新聞のバイトをしながら大学に通うことになったと以前書きました。
新聞配達ですからバイクの免許が必要です。
こちらは雪国ですから、練習をすることができないことを言いましたら店に来てからとってもよいということでした。

免許はとりました。
しかし、実技は練習をしていなかったので未熟そのものです。
教習所の教官が、まだまだ路上を走るのは危険ですから、新聞販売所に時間のゆとりをもらいなさいと、わざわざ私のところに電話してくれました。

私はそのことを電話で店主に伝えましたところ、免許を取ったのだから、明日にも配達に出てもらわなければならない。といいます。
それができなかったら、すぐにも、本人と荷物を引き取ってくれといいます。
最初の産経新聞社の話とはまるで違います。
初めて私と話すのに、電話で今日はの挨拶もない高圧的な店主に、私は免許や何かよりも、3男を預けておく気持ちがなくなりました。
即刻、東京の私の兄弟に依頼して、荷物と本人を引き取ってもらいました。
3男は昨日家に帰ってきました。
アパートが決まり次第また移らなければいけませんから、荷物は私の兄が預かったままです。

寝るところと朝食は保証のはずでしたが、朝食は自分で外食だったということです。
産経新聞の本社に文句のひとつも言いたいところですが、もう、接触するのさえいやです。

大学にアパートの資料を送ってもらいました。
大学まで歩いて5分、家賃4万円。すぐ裏に面倒見のよいおばサン大家がいるという、絶好の物件を見つけました。
電話をして見ましたら、同大学の学生で、2人新潟出身者が入っているということです。
26日、3男の入学準備の日に私も同行して本契約をするつもりです。

3男はこうして変なことで躓きましたが、結果がよければすべて善しとなればと思います。
つくづく、産経新聞の奨学金を契約していなかったことを良かったと思っています。

若いとき 4

私が23歳のとき、現在の家内になる女性が中卒で入社してきました。
私の職場であるデザイン室で、私は留袖、羽織のデザインを担当する班長で、7人の部下がいました。

そのときは同時に3人の女の子が入ったのですが、家内になるものだけが残りました。

入社してきて何ヶ月もたたないうちに、全寮中に、私と結婚するのだからどの女性も手を出してはならないと言いふらし、私を面食らわせたことは「詩集 大悲の海」に書いた通りです。

当時定時制高校の1年、15歳のときでしたから、いくらなんでも卒業するまでは、と、仕方なく私も約足する羽目になったのでした。

あるとき、友達の女性を1日と1晩預かってくれといいます。
どうしたのかと聞くと、子供ができてしまった友達が、会社にも、周囲にも内緒で中絶して、今、体を休めるところがないので困っているといいます。

その友達は見るからにかわいい顔の、入社2年目の女性でした。
仕方なく、母と、私だけのところにかくまった思い出があります。

私は自分がこういう性質の男ですから、女性を妊娠させて知らん顔で捨てるような男に、心のそこから腹を立てると同時に、多くの誘惑ときっかけがあった青春時代に、自分でそういう罪を作らなかったことをよかったとしみじみ思います。

若いとき 3

ほかの会社よりも社員管理が厳しい会社でしたが、なんと言っても若い男女がひしめいているのですから、さまざまな問題が起きます。普通の男はそれなりに本命を決めて、あとは遊びの付き合いで、3人、4人と引きつれていました。
圧倒的に男が不足していますから、あぶれる女性はどうしてもいることになります。

雨の夜、月の夜、「こんな日にデートをしたら素敵でしょうね」とつぶやいて、ヨヨとなくKと言う女性がいました。ムードたっぷりに、その頃流行っていた園まりさんの「夢は夜開く」を歌いながら歩いていました。

私を膝枕させて耳垢を取ってくれるのを喜ぶHという女性もいました。

私はその頃仏教の世界にはまったもので、多くの経典、解説書を読むことを、仕事の時間以外に没頭していました。

クリスマスパーテーは千人も収容できる大講堂に会社外の人も集まって盛大なものでした。

そのための社交ダンス講座も、1ヶ月も前から開かれていました。
文字通りのドンチャン騒ぎですが、私は500メートルほど離れて、誰もいなくなった独身男子寮で、本の虫になっていたものでした。

ある人は、そんな私を変人と呼び、ある人は、こんな小さな会社、こんな狭い地域に住む人間ではないといいました。
私の青春は「性」というものに関心を持つよりも、宗教の関心のほうが強かったのでした。

続きはまた

若いとき 2

若いときというのは、おおむね、女性よりも男性のほうがうぶな者です。
まして、私は詩集に書いたように、入社前から片思いでしたが好きな人が会社の外にいましたから、かなりの美しい人に好意を寄せられても気持ちが移ることはありませんでした。

映画に誘われて暗がりで手を握られたり、寮から個人的に下宿した女性に食事にこいといわれて、そのつもりで言ったところが・・・ということもありました。
自分の欲望の一番強いときに自分を制するという、それもまた人生の誇りでもあったのでしょうが、私は女性のいない環境に育ったために、女性に対して、憧れ以上に神聖視していたようです。

つまり、いかほど多くの女性に囲まれていても、私にとってはその集団が女性に見えなかったという、こうなると一種のかたわだったかもしれません。

社内消防団は、1ヶ月に1度、避難場所の確認、消火器の点検、消化用水の掘りの見回りをします。
夏など、抜き打ちに女子寮を日中に巡回します。

カーペット織り場は3交代ですから、真昼に女性が部屋のドアーを開け放ち、厚いものですから布団をはだけて、目のやり場のない格好で爆睡しています。
向こうにしてみれば舎監と寮母の許可を受けているとはいえ、いきなり見回りにくるほうこそルール違反というでしょうね。

というわけで、自分の志操堅固なために、過ちを犯さないですんだ若い日でした。

続きはまた。

若いとき

私は17歳から26歳まで、地元の織物会社のデザイン部にいました。
960人の社員のうち、3分の2が、15歳から23歳ほどの女性社員でした。
その当時、この町は織物産業の最盛期で、売上高において京の西陣に肩を並べる勢いでしたから、町中に若い女性があふれていて、お昼休みなど、文字通り女性をかき分けなれれば街中を歩けませんでした。
したがって、性の乱れは今から見れば当たり前でも、当時は目を覆うようなことが多くありました。

私のいた会社は、そういうことに厳しく、若い女性に一定の教養を身に着けさせようと、社内に「六華学園」という学校法人を作り、和裁、洋裁、料理、生け花、茶道を、定時制高校に通う女性社員以外の寮生にほとんど強制的に学ぶようにさせていました。

それでも、圧倒的に男に比べて多い女性数ですから、1人の男に3人4人と群がったものでした。

私は早朝にジョギング、剣道の素振りをするので午前5時にはおき出します。食堂は常時300人以上の食事ができるように女子寮の大講堂が当てられています。
6時に朝食に行く男子寮の者は私1人です。

朝早いものですから、講堂に行く途中の手洗い場には100人からのパジャマあり、ネグリジェありの寝乱れた若い女性が群がって洗面しています。
男ばかりの兄弟で、そういう姿をあまり見る機会のなかった若い私には相当以上勇気の要る花道でした。

続きはまた。

彼岸です

お彼岸ですね。
あの世のことを彼岸といい、此の世のことを此岸といいます。
悟りの世界を彼岸といい、私どものいる迷界を此岸といいます。

私は小さいときから身近の人の死に直面することが多かったので、死後の世界をそれほど特別なものに思いません。
言ってみれば、永遠に続く死の海に、気まぐれのようにボコっとできたあぶくが生だとしか思えません、ならば、死の世界こそが常態で、生こそ珍しいのではと思います。
さればこそ、自他の命を慈しむべきだと思います。

パーラミター(波羅蜜多)=到彼岸は般若心経の中で、
「行こうよ行こうよ 理想の国へ」
と最後に歌われます。

ガーティ ガーティ パーラーガーティ パーラーサンガーティ ボーディスーゥ゛ァーハ

賢愚も、生死も、迷悟も、地獄も極楽もわが身の内にあると思えば、仏教はそれでいいのです。
春秋の彼岸は日本だけの行事ということですが、1年に2回、そのことを思い致すことのできる行事はなかなかよいものです。
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昨日これを書いて送信を押したところ込み合っているのでしばらくお待ちください野表示が出ました。

そうこうしているうちに、折角の文章が消えてしまい、新たに打ち込む元気もなくてそのままにしていたのでした。

クロネコ

3男の引越し荷物をさっきクロネコで発送しました。
炊飯器、レンジ、パソコン、プリンター、冷蔵庫、着替えの入った大きなプラスチックケース2個、等々等。
新聞に入っていたチラシには2万円で一括発送とありました。
1個当てに出してもそんなにかかりそうも無いので、合計6個の荷物を別々に普通の宅配便にしました。

実は半月ばかり前、月末にまとめて銀行振込にしないかとクロネコに誘われ、契約したばかりです。

そのせいでしょうか。
1個づつ、別々に割引がきいて、全部で6千円と少しで送料が済みました。

私のところは軽い荷物がいつも出入りしています。
郵便小包と、クロネコとが今までは半々くらいの利用率でした。
今日の結果を聞いて、クロネコに重点が移りそうです。

そんなわけで、積み上げていた荷物がまだ少し残っていますが大分減りました。
倅の机、さまざまな種類のゲーム機とソフトを片付ければ、狭い家にかなりスペースが広がります。
他人様はさびしかろうといいますが、新幹線で1時間の距離ですから、特になんとも思いません。

その点、男はどこに追い出しても安心していられます。

先生次第

3男が大学に通うために今日家を出ました。
産経新聞の奨学制度に入ったため、入学式には早いのですが、新聞社の研修を受けるために早めの上京になったのでした。

新聞社の奨学金を受けるわけではありません。
お仕事の給料をためておいて、後半期の学費にあてる作戦です。

何よりも、産経新聞は夕刊が無いため、勉強が本分の学生には良いことです。
朝が早いために、夜遊びも覚えないで住みますし、生活が規則正しくなります。
また、住むところと朝食がついて回るのは、貧乏な親としてはありがたいですね。

この3男、小学校の3年のときに、馬鹿な担任が、自分になつかないものですから、親の知らないうちに精神薄弱児クラスに勝手に入れていたことがあります。
7ヶ月も気がつかなかった親も悪いですが、お気に入りの子供だけ自分のクラスに集めて、1部の父兄からは優秀な先生といわれていました。

いろいろ、担任に恵まれなくて、中学卒業までは成績が最下位に近かったものです。
高校にかろうじて入りました。
同時に、黙々と勉強をはじめて、試験のたびに最下位から5人抜き、10人抜きを重ねて、上位3人のうちくらいにいつも並んでいるようになったのは高校1年の終わりくらいです。
そのまま、3年間、無遅刻無休で、全学年3番の成績のまま、皆勤賞ですって。

ひとは、人によって人になると言います。
生涯に良い先生にめぐり合えた3男は幸せですね。

私は17歳のとき紀野一義という仏教の先生に出会いました。
本来日蓮宗の方ですが、仏教全般を俯瞰して見るこの先生で無かったなら、私の今の仏教観も随分違っていたでしょう。
何よりも、仏教に入らなかったかもしれません。

人は付き合う人次第、先生次第とつくづく思います。

身辺いろいろ

一昨日からの雪が、1メートルを超えそうです。
3月にはいつもあることですが、今年は早くに雪がなくなっていたので心の緩みがあったのでびっくりします。

びっくりすると言えばおここさんは空が好きなあまりに昨日は海に行ってお星様を釣ってきたとご自身のブログに書いてありました。
昨年、注文いただいた十三仏図、昨日ようやく発送できてほっとしています。
おここさんの家にはお餅系統が好きな方が多いそうで、こちらの三角チマキと、笹団子をお店に頼んでおいたのが出来たそうで、今日送りましょう。
慎み深い人ですからあらかじめ言っておくと遠慮しそうですので、いきなり送ることにします。
せめての御礼です。

百代さんは昨年お父さんが亡くなってから1年が近づきます。
この前、PCが壊れたと言っていましたが、今度はお母さんが入院手術をなさったと言います。
もうすぐあんず姫が小学校入学と言うのに、いろいろ重なって、心労も大変ですね。
持ち前の明るさで乗り切って下さればと思います。

明日は倅が大学進学のために上京します。
クロネコの引越し荷物のパンフレットを見たら、一括送料が2万円とありました。
単品で別々に送ったほうが安上がりになりそうです。
埼玉県のネットの接続はどうなっているのか、1度、私も下見や家主に挨拶に行かなければいけません。20日ごろになるでしょうね。

2月は逃げる。3月は去ると言いますが、もう、半分3月が終わりました。
人生は長いそうですが、それは若い人のことです。
私くらいになると、秋のたそがれの夕日みたいに、まっしぐらに終焉に近づきつつあるようです。

今時のファッション

寒さのぶり返しです。
1晩起きて見たら、30センチは雪が積もっていました。
まだ3月の半ばですから仕方ありませんが、すっかり家の囲いも庭木の囲いもはずした後ですから、長い棒を持っていって、枝の雪を払い落としました。

暖冬傾向で、昨年は豪雪に悩まされましたが、私の子供の頃、卒業式頃はいつも深い雪の中でした。
学生服のセルロイドのカラーが、冷たく首にあたって嫌だったことを思い出します。

4月の入学式のときに、雪が降ることは今でも時々あります。
入学式のときにしか使わない子供の服、半ズボンで、小学生などとてもかわいそうです。

そう言えば、この前の倅の高校卒業式、いまどき、まだルーズソックスの女子高生がいたのにびっくりしました。
卒業生なら、当日は親が何か言うべきでしょうね。
男の子の、すそを踏んづければ脱げ落ちそうなズボンのはき方、どうしてあんなファッションがカッコ良いか、若い者を見ていると疑問がいっぱいあります。

電化製品

3男の大学入学の引越しにあわせて、1人用の炊飯器、冷蔵庫、電子レンジ、テレビ、ビデオ、布団等を購入したことは前のブログに書きました。

今日は長い付き合いの文具店が、ノートパソコン、スキャーナー付アプリンタ、親子で使う携帯電話を2機持ってきました。

私も、前にボーダフォンの携帯を使っていましたが、1ヶ月に1度か2度しか使わないので、馬鹿らしくなって止めてしまったのでした。
今まで、倅の希望もあり、私の方針もあったので倅に携帯は持たせませんでしたが、さすがに、1人で遠くの1人暮らしですから、持たせることにしました。ついでに私もと言うわけですが、今度はドコモにしました。

さてさて、親にも大学の入学式に出席するようにと通知が着ました。
昔、大学生にもなって親同伴なんて・・・と笑い者にしたのですが、自分もそうなりそうです。
倅の支度、後は背広、靴・・・アア、お金が湯水のように出て行きます。

移転しました。

今までgooブログを使用していましたが、表示が遅いところに、6日のメンテナンス以降、新規書き込みも、コメントを下さった方のページも開けなくなりました。

このFC2ブログは、以前、「言の葉、言霊、独り言」としていましたが、道ページを「ほとけの世界」に移行したまま、サーバーに返さないでいましたので、gooブログからここに新たに「徒然の記」を移転してきました。

お気に入りに入れておられた方は変更をお願いします。
そして、今後ともよろしくお願いします。

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竹内白雅

Author:竹内白雅

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