大峰庵の日々

時々の思いをつづります。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

明日は命日です。

明日、6月1日は母の祥月命日です。
平成13年に亡くなりましたから、回忌で言うと7回忌ですね。
膵臓ガンと東京の病院で言われて、本人はしつこい風邪が治らないくらいの気持ちでいました。
診断から2ヶ月後、1人者の兄では介護しきれないので、その年の5月3日に私と弟が迎えに行き、弟の運転する自動車の助手席に座って帰ってきました。

私は車椅子を買って、1度、村中を押して歩いたり、当市の病院に連れて行ったりしました。
病院の先生の話では、「膵臓ガンは苦しみますから覚悟しておいてください」といわれました。
家内はいざという時のために、室内用の便器や、大人のおしめを買い込みました。

昼食のときなど不自由そうでしたが普段のテンポが少し遅いくらいでした。
家に帰って果て、半月ほどしたときに、お昼寝をしたまま目を覚ましません。そのまま、救急車で入院しました。
2週間眠りつづけて亡くなったのですが、死因は膵臓ガンではなく、脳梗塞でした。

神も仏もいるものですね。
30才代で亭主と死に別れ、現金収入の道を急にたたれた極貧の中、5人の男の子を姑と協力して育て上げた苦労は50台まで続きました。

苦しむといわれた膵臓ガンが発展する前に脳梗塞を起こし、苦しむことなく眠ったままの大往生でした。

私は母を思うとき、「生き方は死に方」だとつくづく感じます。
見習って、眠るがごとくの大往生私がそうなるには日常の中の修行がまだまだ足りません。
ネットでお知り合いになった方々、せいぜいお叱り下さって、少しはまともな人間になるようご協力ください。

明日は5キロ離れた市内のお寺に、家内と一緒にお参りに言ってきましょう。
スポンサーサイト

新しい仕事の依頼・・・???

3年ほど前、私のジグソーパズルのロイヤリティを30万円ほど着服していた男から電話がありました。

お金はそのときに取り返しましたから、いまさら私としてはいつまでも責めようとは思いません。
何の用かというと、私が描いたまま、業者自体ジグソーパズルの世界から撤退した会社があって、製品化しなかったジグソーパズルが3点ばかりあります。
それを、
まったく新しい別の業者が再使用させて貰いたいと言う話です。

その男は私と業界の信用を失っていますから、私と業者との橋渡しだけで、仕事は両者の直接契約にして貰いたいと言う話でした。

同じ男の持ち込んできたもう一件の話は、私の作品をタペストリー、暖簾、扇子等、商品化するのに契約したいといっているところがあるけれど、どうですか。ということ。

私は白雅Ⅱ世が、少し手が空いているので、そういう部門を自力で作ろうと思っていたので、条件次第では検討に値すると思います。
------------------------------------------------------
私も糖尿病という持病を持っているので、これから自分の仕事だけでなく、白雅ブランドとしていろいろスタッフの仕事の心配もしておかなくてはなりません。
年齢相応に、一家の主というものはいろいろ考えているものです。

いろいろ

2日か3日ぶりの書き込みです。
天候不順で暑かったり寒かったり、冷房にしたり、暖房にしたりでクーラーもせわしないことです。

今日は久しぶりにアトリエの窓を開いたまま仕事をしています。
風鈴の音がいい感じの季節です。
昨日、3男のところに送るもろもろを市内のショッピングモールに買いに行きましたが、足を鍛えていたにもかかわらず、足の痛みを感じました。
私は田舎者ですから、土の道路を歩き回る分にはどんな山坂も平気ですが、舗装した道は足に悪いようです。

私は、普通の日は夜通し仕事をしていて、朝は8時ころにシャワーを浴びて2時間ほど寝ます。
午前10時ころ、デジカメを持って、散歩をかねて往復2キロほどのところに買い物に行きます。
以前は家内も一緒でしたが、祥雅センセ(家内のこと)この頃仕事に追いまくられていて、必要なものをメモった紙をよこすだけです。
慣らされたのですっかり買い物上手になりました。

というわけで、今日、この時間にPCに向かっているのは珍しいことです。
昨晩、習慣にしている、PCの初期化をしたので、3時ころに眠ってしまったので、いつもとバランスが違ったのでした。

夜、風呂に入って、朝にシャワーをして、夏になると午後3時ごろ、お昼寝起きにまたシャワーをします。
そんなに神経質にきれい好きではないのですが、30年来の習慣になってしまいました。

今、植木の水遣りのときにプランターを見たら、おここさんから頂いた数珠が6個ほど芽を出していました。
蒔いたのは40個くらいですから、みんな芽を出したらドウスベェと考えます。
今日は天気がよくて、これも頂いた綿を植えるつもりです。

さて、これから散歩です、お店においしいお菓子があればと思うのですが、昨日買ってきた「酒饅頭」「味噌パン」さっき見たら、これも甘党の泰雅と家内がみんな食べてしまっていました。

菊芋(唐芋)

おここさんが菊芋のことを書いていました。
??菊芋・・・聞いたことがあるような・・・と思って検索してみました。

私のところでは「からいも」といいます。
この辺のものはレシピが貧弱ですから、昔から味噌漬にするしか能がありません。
カリカリとした歯ざわりが美味しいものです。
この前、東京から兄が山菜取りにきたとき、「見玉不動尊」に行ったとき、お土産やからありたけ、10袋も買い占めていきました。

私が生まれたところの裏に、からいも畑があって、食用にするよりも、茎でチャンバラごっこをしました。
又、茎の中の芯が白い髄になっていて、上手に取り出してはモールのように折り曲げて遊びました。

昔の村外れには大きな群落がありましたから、きっと、昔の人が飢饉対策に植えたのでしょうね。
開発と同時に、見かけなくなりました。
私の生家の裏の物も、今はどうなったことでしょう。

おここさんのおかげで、検索の結果、自然のインスリンといわれて、通販の対象にさえなっていることを知ることができました。
少し、ネットから学んで、食べ方の研究をしてみましょうかね。
自力で種の芋が手に入らなかったら、お願いするかもしれません。

http://so-net.search.goo.ne.jp/so-net/web.jsp?MT=%b5%c6%b0%f2&type=web&from=SO-NET&PT=SO-NET&keyword=%b5%c6%b0%f2

雨です。

おここさんから頂いた「イワヒバ」3株「セッコク」とりあえず、ありあわせの鉢に植えておきましたが、どう見ても、100円コーナーのプラスチックの鉢では風情も何もありません。
何よりも、せっかく貴重なものを下さった人に失礼なことです。

で、今日。
昨日お仕事を納めて、何がしかのお金が手に入りましたので、午前中に、家内と一緒に量販店に鉢を見に行きました。
貧乏ですから、それほど高価なものは買えませんが、それでも、100円のプラスチック鉢よりはましな焼き物の鉢を買ってきました。
これで少しは見栄えがよくなるでしょう。

プランター3つにこれも頂いた数珠を40粒ほど撒きましたが、まだ芽が出る気配がありません。
もう少し温度が必要なのでしょう。

狭い庭に、家内が舅からもらった豚の「ウ○コ」を振りまきましたから、1週間ばかりくさくてたまりませんでした。
熟成していれば、そんなに臭わないはずなんですが、今年のは熟成が足りなかったみたいです。

肥料食いの「綿」これでいつ植えてもよいように思いますが、やはりもう少し温度がほしいようです。

20年ほどのブドウが、どうやら枯れたようです。
芽が出ません。
もっとも、世間のお店にブドウが出回って終わる頃に実っていたのですからそれほど惜しいとは思いませんが、長年のものが枯れるというのはそれなりに感慨深いものですね。

天気が定まりません。

この前の大型連休以来、天候が定まりません。
暑かったり、寒かったりで、冷房と暖房の切り替えがせわしないことです。
家内は雅号を祥雅といいますが、向こう3ヶ月の仕事を抱え込んで、コタツに入って仕事をするような不精なことをしています。冷え性の気がありますからコタツの要らないときは7月から9月までの2ヶ月でしかありません。

私はといえば、別室で仕事をしているのですが、ホットな心と同じで足が熱を持つ体質ですから、1年中コタツに入ったことはありません。
靴下も嫌いですから、出張のときなど、足が焼けて困ることになります。
この前、漢方の人に言われましたが、足が焼ける人は本当は冷え性なんだということです。
今までの私の冷え性の概念は何だったのでしょね。

しかし、それにしても、この多忙さは何なんでしょう。
3年前の中越地震の頃の仕事がまだ片付かないというのに、新しい仕事がどんどん積み重なります。

昔と違って、無理が利かないのですから、ぽちぽちやるしかありませんが、お得意様はとにかく、気がせいてくるのが困りますね。

遊びつかれて

連休中3男が帰っていて散々甘やかして、6日に帰っていったと思ったら、東京の兄が8日に山菜採りに来ました。
故郷の山に1日行きましたが、昨年はフウフウいいながら、兄と弟の跡を100メートルも送れてようやくついていったところを、今年は誰よりも早く山によじ登り、自分の物と、おここさんに送るものを確保してしまいました。

帰ってきて、兄が、「あさつき」も欲しいというので、例によって前の里山によじ登る元気さです。

9日は眼病に霊験があるというので近在の信仰を集めている30キロも離れた「見玉不動尊」へ、ここは天台宗の寺ですから、長い、急な石段を上らなければなりません。
帰りに、さらに奥の、昨年5メートル50センチの豪雪で孤立してしまって、全国版のニュースを連日にぎわした秘境「秋山郷」へ。

延々と坂道を車で走りつづけること40分、もう、ここは長野の県境です。
名所、「蛇淵の滝」は100メートルもの崖を降りなければなりません。
降りるのはいいのですが、あがるときはさすがにばてました。
兄弟どもは恐れをなして滝には来ません。
白雅Ⅱ世と私だけのことでした。

10日、東京に帰る兄の自動車に便乗して、片付かないで困るという3男のアパートに、カラーボックスを4個ばかり、家内が言いつけた3男の好物を届けました。
アパートに着くと3男は大学に行っていていません。
せめて、帰ってくるまでにと、よせばよいのに、親ばかですから、カラーボックスの組み立てにかかりました。

4個、組み立て終わったら、ねじ回しを持っていた右手の手のひらの真中に、水ぶくれができていました。
お昼に3男が帰ってきました。
少しばかりお話をして、2時半の新幹線で帰ってきました。

実によく動き回ったものです。
昨年の体調不良はどこに行ったのでしょう。
しかし、さすがに疲れました。

休むまもなく、日本のあちこちから、矢のような仕事の催促。
アリガタイデス。はい、トテモアリガタイデス。

ゴールデンウィークも終わりました。

ゴールデンウィークも終わりました。
3男は約1週間家にいて今日の午前、大学のある埼玉に帰っていきました。

進路を決めるときに3男と高校に任せていて、推奨入学で入ったのはいいのですが、ミッション系の大学で、日曜礼拝に近くの教会にゆくのでと・・・。

親父が仏教の在家得度者で、戒名を持っているれっきとした在家僧侶であることをなんと思っているのでしょうね。
ま、宗教は本来1つですからそれも良しとしましょう。

8日ごろ、山菜採りに東京から来る私の兄が帰るときに、私も便乗して、せがれの片付け用のカラーボックス、敷物等、いろいろ持っていってやろうと思っています。
われながらあきれる親ばか振りですね。

体力がついてきました

3年前、普段の立ち居振舞いのたびに「いたたたーー」と悲鳴を上げ、寝ていても足の痛みに何度も目が覚めました。
仕事中、時々不愉快な痛みが心臓のあたりを襲うことがありました。
全身に吹き出物が出来、かさぶたまみれになり、痒くて眠れない日々が続きました。
手のひら、足の裏にひび割れができ、その下に又ひび割れて、足の裏に厚く真綿を巻いて二重に靴下をはかないと歩けませんでした。
手のひらも同様にかさぶたの下にかさぶたができ、膿が出るので、白い手袋をしていました。
朝、ベットの周りに、知らずにかきむしった皮膚の剥がれ落ちたものが両手のひらにいっぱいも散らばっていました。

お医者さんに行くと、血糖値が500いくつか、突然死の恐れがあるといわれました。
両手、両足の爪が変形して、内側に巻き込んだのもこの頃です。
若いくせに、杖を突いてゆっくりしか歩けませんでした。
糖尿病が一番悪かった3年前の話です。

少しずつ歩くことを心がけ、まじめにお薬を飲むと、特に食餌療法をしたわけで無いのに、見る見る血糖値が下がって、お医者さんが目を見張るほど回復してきました。
しかし、時々少しですがぶり返します。

ついこの間まで、前の里山の傾斜角30度というところを約一キロ、息を切らして散歩しました。

少し体重が増えて75キロ、散歩量をふやして、最初のうちは足が痛かったり、里山登りに生きが切れました。
昨日のことです。
自信がついてきたので、すぐ近くの、傾斜角45度もあろうかという急な山に挑戦しました。

これほどの角度を、平地を歩くように上れるではありませんか。胃はひとつ切れません。
万歳、万歳、万万歳です。
「ざまぁごらんあそばせ」ですね。
しかし、9万円いくらかのジグソーパズルの権利金、惜しいかなと思いながら、5万円近く加えて、一眼レフのデジタルカメラ、こんなに散歩の楽しみになるとは思いませんでした。
私にしては、近頃成功した投資のひとつでした。

Top

HOME

竹内白雅

Author:竹内白雅

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。