大峰庵の日々

時々の思いをつづります。

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人間らしさ

これから書くことはあくまでも個人的考えです。

清僧とか、偉人とか言われる人が居ます。
伝記やなにかを読むと、殺生をしなかった証として、ノミをつぶさなかったとか、蚊を叩かないで食われるに任せていたとか書いてあります。

この頃、本当だろうかと疑問を持っています。
そう言う人は、道を歩いていて、無意識のうちに蟻を編みつけなかったでしょうか。
眠気のままに、無意識のうちに蚊を叩かなかったでしょうか。

他人が居る前では、私は蚊にもこんなに情けをかけます。という、いやみを感じるこの頃です。

蚊に食われて思わず叩き潰して、「ああ」と、自分の中だけでいやな思いをし、後悔する、私はそう言う人のほうが自然で好きです。

無作意を装って乱暴な絵、乱暴な字を書きなぐる何とか「みつお」なる書家と言う男、書と言うものに対する至誠を感じません。
「転んでもいいんだ、起き上がって歩けばいいんだ」と言うような、私には言葉をもてあそんでいるとしか思えません。

布袋和尚が遊び歩いた裏には血のにじむ修行があったでしょう。
良寛和尚の悟りの裏に、父の自殺や生家の没落、幼くして亡くなった母えの思いを汲まなくてはなりません。
子供と遊んだ、その子供が、貧しさのゆえに遊女として小さいうちに売られて行った悲しい運命を見ている良寛和尚の目の深さを感じなくてはなりません。

山頭火を気取ってうろつきまわる人は、裕福な生家の没落、幼くして井戸に身を投げて自殺した母えの悲しみ、そして、さすらわなければならない自分に対する悲しみに目をつぶってはならないのです。
山頭火の懐には、母の位牌が一緒に放浪していたのです。

山頭火の自由律俳句、良寛和尚の鞠つき、表面のさりげなさにはその人の全身をかけたものがあります。
万葉文字の徹底的な研究無くして、良寛の所は生まれません。

人は美しくなろうとしてお化粧します。
彫刻家や画家は北斎の様に、宇宙の始まり、生命の神秘にまで迫ろうとするのが自然の姿です。

美しさを求め、成長を求めることは自然であり、筆から滴った遊びを芸術と言い、ことばの遊びをもてはやすのは、真理に対する冒涜以外の何物でもありません。
繰り返して言います。人の前で、蚊をつぶさないことがえらいと言うものではありません。
建前の臭みだけを感じます。
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群れる

深夜のNHKの番組で「よさこいソーラン」の大会みたいなことをしていました。
自分たちでは個性を出して演じているつもりでしょうが、どのチームも一見して大差ない様に見えます。

しかし、日本人と言うのはどうしてこうも、群れたがるのでしょう。
深く自己を掘り下げるのに、集団ほど大敵だと言うことは、2千数百年も前に、「犀の角の様にただ一人歩め」といった釈迦のころからの真理です。

集団によって自己を埋没させ、陶酔させ、個々の良心を眠らせて体制になびいてきた結果が、学校に見る、集団によるいじめ、町内会に見る村八分的嫌がらせ、集を頼んだ国会の強行採決につながっているのです。

一部マスコミが作り上げた「小泉現象」に躍らされた馬鹿な有権者のために、どれほどの弱者が泣かされたか忘れたのでしょうか。

寒林「墓場」でただ一人心を静め、座禅することを勧めた釈迦の仏教も、末世ともなると集団で凡字Tシャツなるものを着込み、自己顕示欲の亡者となることを勧めて恥じない坊主さえ出します。

内省の無い宗教は盲人の集団で、よこしまな一部指導者、一部の政治家にとってこれほど扱い良いものは無いと思います。

どうか、群れて踊る若者よ、せめてその後のひととき、騒ぎ疲れた虚脱ではなく、今を昨日を、そして明日を、時という永遠を考えてみてもらいたい。
生まれたときは1人、死ぬときも1人、省みれば首筋の寒くなるその思索の中に、自分をおく時間も作ってもらいたいものです。

お墓参り

街のど真ん中の菩提寺の墓地、そのまたど真ん中の我が家のお墓は、にもかかわらずに、地形の関係でしょうか、あらゆるお備えの花の種が集まるらしく、梅雨前のこの時期はよい按配にお墓の周りが花だらけになります。

しかし、雨降りのときはお参りに邪魔ですから、やはり刈りとらなければなりません。

今日、午前9時ころ、家内が仕度をして行こうといいますが、あいにくの細かい雨が降っています。
予報では後ほど晴れ、と言いますから、1時間遅くつまり10時近くに出かけました。
さぞ、草取りがと思って行きましたが、寺男が3人、すでにお墓の草取りを終わって休んでいました。
雨も小止みになっていて、おかげでスムーズにおまいりしました。
精進のよい私は、ざっとこんなものです。エッヘンですね。

昨年は常時ライターを持っていましたが、禁煙ももうすぐ11ヶ月になろうとする今、思いついて、久しぶりに100円ライターを買いました。

たったそれだけで、禁煙を破ったみたいに、妙にそわそわするものでした。
変な気持ちでした。

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竹内白雅

Author:竹内白雅

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