大峰庵の日々

時々の思いをつづります。

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だめですねぇ

若いころ、お歳をとった方の仏画を見て、どうしてこんなに手抜きをするのか、疑問に感じ、自分ではそんなことはしないと思っていました。

しかし、今年、体調不良もあるのでしょうが、たとえば13仏のような細かい仕事に、根気と視力がついて行かなくなりました。
お盆までという、私を指名したお仕事をいただいて、向かい始めて、泰雅と祥雅に責められました。

以前の私の緻密な表現力はすっかりできなく、線があれています。

急遽、泰雅の作品に変更することを許してもらい、進行することになりましたが、私はもうだめだと痛感しました。

もちろん、細密画出なければ、泰雅や祥雅にどうこう言わせるものではありません。
これからは、その方面に私の仕事のシフトをうつそうと思いますが、一抹の寂しさもあります。

考えてみると、昨年、おここさんからいただいたご注文、その後で何枚か細密画を描きましたが、実質的にはおここさんのが私の13仏の最後みたいです。

またしてもしかしですが、若いに任せて、老人を馬鹿にしたことを後悔しますが、歳なら歳なりの仕事に自分を移動させる勇気も必要ですね。
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自分勝手な

今回中越沖地震で、東京電力の原子力発電所の防災体制の不備がボロボロ出てきます。

柏崎市は原発交付金で今まで市税や何かでかなりの潤いでしたし、その恩恵を十分に享受してきました。

他の近隣市町村はそう言う恩恵も何もなく、危険があればほとんどに新潟全体が被害に合います。

今まで、恩恵を受けてきたのに、その当時の、原発反対派に対する白い目を柏崎市民は今、反省しているのでしょうか。
今になって、享受だけは山ほど受けたくせに、原発の不満に大してあれこれという資格があるのでしょうか。
私はとんでもない自分勝手な連中だと思います。

同じことはこの何年かの選挙でも言えます。
マスコミに踊らされて、かっての小泉内閣にあれほどの支持と票を与えました。
その結果、強者だ、弱者だと貧富の差が拡大し、自分がその、弱者の立場に追いやられていることに気がついたとき、改めて自民党の悪口を言います。

見識のない、体制に巻かれる大勢のもののために、小泉政権の胡散臭さを最初から指摘してきて、弱者のままでいる私など、とんでもない迷惑をこうむっていることになります。
おりから明日は選挙の投票日です。
ざるの中の豆のように、傾けられるままに身を任せ、自分の考えのない、主体性のない投票はしないでもらいたいものです。

↑のように書くと、地震の被害者に鞭打つような情け知らずと私をためにする誹謗の対象にしたがるむきがあるかもしれませんが、私自身、中越大地震の震源地の被害者で、現に、私の家の修繕がまだいろいろ済んでいない立場であることを付記しておきます。

近頃にないビックリ

この頃、ものに驚くことが少なくなりましたが、さすがに今回はビックリしました。

午前1時過ぎに目を覚まして、仕事を始める前の癖でPCを立ち上げ、自分のサイトのカウンターを見てのことです。
昨夜、8時過ぎに寝る前は確か20317だったカウンターが2223になっているではありませんか。

私がサイトを開いて1が加わったのですから、どなたか、私の前に22222を踏んだ方がいることになります。

解析を見て、またビックリ、私の解析は日が変わると前の日の分は表示されませんからどこからどなたがおいでか、最初の方のは日をまたぐとわからないのです。

たった1人で、1828回、私のサイトに出入りした方がいました。
つまり、22222のぞろ目が出るまでがんばった奇特な人がいたことになります。
パチンコ屋ではありませんから、景品が出るわけでもないのに、とてもご苦労さんなことで、敬意を表します。
こう言う出入りの仕方は私のサイトをジックリ鑑賞して愛してくれる人とは思えませんが、どんな人か、猛烈に知りたいと思います。

名乗り出て下さったら何か差し上げたいと思います。

ロウカ現象

40歳になったとき、歳をとるのをやめようと思いました。
万年青春でいようと思い、何にでも挑戦しようと思いましたし、今でもその姿勢は変わりません。

私は若いときにはふけて見えました。
しかし、今、中学校の同級会にでも行くと、私が1番、少なくとも10歳以上若く見られます。

それほど白髪もなく、シワ1つありません。頭髪は多くて困ったくらいですから、もちろんハゲてもいません。

●目は0・7少し弱視で、ついこの間まで普通の距離で若いときと同じように小さい活字の文庫本を読めました。
今でも読めないことはないのですがさすがに読みにくくなりました。
で、一昨日、100円ショップで1番弱い老眼鏡を買ってきました。

1つはトイレ、1つは食堂、1つはアトリエ兼私のベット脇用です・

私は子供のときから、ひまさえあれば活字を見ないではいられない癖を持っています。
そして、人一倍細かい仕事、ネット、と、おそらく私ほど目を使う人間も少ないかもしれません。
それでいて、今まで老眼に悩むこともなかったのはよほど目の性がよかったのでしょう。
しかし、ここに来て、こうして文章を打ち込んでいても自分の打った文字がぼやけて見えます。
時々、思わない変換違いに気がつかないことがあります。

●もう1つの現象で、友人は性器が勃起しなくなったといいます。
私は昔ほどでまくても、そんなことはありません。
だからといって、SEXしたいというものではありませんし、事実20年近く経験がありません。
1時的な勃起は単なる生理現象であって、若いときのように、1日に3回もオナニーしなければ収まらないこととは違うようです。
そう言う方面の欲望がなくなった変わりに、若い女の子の物言い、しぐさに、なんとも言えない生き物としての愛らしさ、ほほえましさを感じます。

●歯は子供の頃から虫歯に悩まされました。
50歳を超えてから、糖尿病患者の通例らしいですが、ぼろぼろと抜け始めて、自分の歯は半分ほどになってしまいました。
おかげで、虫歯の痛みこそなくなりましたが、入れ歯をはずすとみっともないことになります。

ネットのおかげで、多くの若い人たちと知り合えました。
家に閉じこもりがちの仕事ですから、思わぬ新鮮な風をいただきます。
せいぜい新しい風をいただいて、心まで老化しないように心がけようと思っています。

この頃のコマーシャル

私は自分がお酒を飲まないせいでもあるのか、この頃のビールのコマーシャルが大嫌いである。
とりわけ、○サヒのお客にこびたようなものの言い方、旨いという読み方は知っていても送り仮名をつけない漢字を「ウマ」と読むのかどうか、とても気になっている。
「コ゜クウマ」なんと品性のないネーミングだろうと思ってしまう。

やさしさを装って、いやみったらしく大衆にこびた言葉を駆使する再○館製薬。
▲問題が見つかると太鼓を鳴らして部局の人間が全員集まる・・・。
 へえーーーそうですか。と言うしかない。
▲1ヶ月に1度、すべての生産ラインの機械を止めて、手作業で掃除をする という。
 私から見れば、そのほうがよほど雑菌に汚染される機会があるように思  う。

私の地方だけか知れないが、パチンコ屋のコマーシャル「・・・・・を遥かに凌駕する」という。
「凌駕」という言葉の中に、すでに遥かに凌ぐと言う意味が含まれているではないか。
2重言葉の聞き苦しいこと。そして、汚い言葉でどうして大声で絶叫するのであろうか。

パチンコ屋に限らない。この頃、大声で絶叫するコマーシャルが増えたのは何かの世相を反映しているのであろうか。

携帯電話の「おまえにはまだ早い」と、人を威嚇する姿勢。自分の会社が何様のつもりであろうか。
有名なタレントを使って、面白ければよいと思っているのであろうが私には威嚇される不愉快さしか残らないのである。

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総じて、言葉が汚くなったと感じるのは私だけであろうか。
芸のないタレントが、自分を目立たせようとして使った言葉、たとえば、旨いというのを「マイウー」と言う。

真面目というべきを「マジー」という。
日本は「言霊のさきあう国」とされ、ミソヒトモジや俳句に見るさまざまな花を咲かせてきたのに、急速な勢いで、一番影響力の強いマスコミから言葉を崩壊させているように思う。

近頃の目を覆わしめるような犯罪。
行きずりの一言で、すぐに殺し合うような精神のゆとりなさの一因はここにあるように思う。

最も、先の小泉首相からして、言葉の原点からずれたような、三位一体改革とか、骨太の改革とか、耳障りの悪い、こなれない言葉を蔓延させた罪は深いと思う。
代代の首相のように、ブレーンに、四書五経をそらんじた学者はついていなかったのであろうかと思うし、そう言う、パフォーマンスばかりの首相に声援を送った大衆とマスコミに、品度の落ちた日本を見るのである。

「ハンカチ王子」「はにかみ王子」耳を覆っても聞こえてくるマスコミの造語。私がアナウンサーなら、到底恥ずかしくて口にできない言葉の数々。
恥ずかしいということを忘れた日本はどこに行くのでしょう。

不時の出費

昨日、私が散歩の途中アイスクリームをどっさり買ってきました。
夕方、家内が冷凍庫のドアの閉め方が悪いのでアイスクリームが全部溶け出したと私を非難します。

綿密な私のことですから、ドアなど、いつもきちんと閉めますから、ときならない仲良し喧嘩に発展しました。

私が念のために冷凍庫に手をかざしてみても冷風が出ていません。
冷蔵も、野菜室も同様です。
10年使った冷蔵庫も、壊れるときは老衰のように静かに壊れました。

しかし、私が22歳のときにここに家を建てて越してきてから37年です。
その間、この冷蔵庫が2台目ですから、数ある電気製品の中で、冷蔵庫ほど長持ちするものはないのではないでしょうか。
しかし、怖いことは、電気製品というのは壊れるときは連動していろいろ壊れるので、思わぬ出費になることです。

量販店もいろいろ利用しますが、今回は37年間お付き合いのあるお店にしました。
量販店ではないのですが、量販店のように何でも扱っていて、我が家のプロパンガス、1年に、雪国ですからドラム缶にして8本も使う灯油。すべてまかなってくれます。

今回も、商品を見もしないで、電話で3回払いだぞと念を押して店の在庫を持ってきてもらいました。
なんと、電話して1時間もしないうちに新冷蔵庫が元のところに収まっています。

3回払いのためにまた稼がなくてはなりません。
やれやれです。

不測の事態に

何か突発事項があって、それにうろたえないで冷静に行動することが修行のひとつだと思います。
そのときに躊躇なく、最適な判断の元に行動する。
そのことを私の宗派では「禅機」ぜんきといってとても大事にします。

小さいときから、不測な体験を重ねてきました。
そのために、新鮮な驚きを忘れて、鈍感と言うこととは少し違う、何事にもうろたえない不動心が身についたと思っています。

しかし、時として、その、うろたえることのない自分の心に嫌気を感じてしまうことがあります。

こうしてみると、自分を省みる気持ちがある限り、自分のすべてを悲しみの目で見るときは絶えないのでしょうね。

震度5強

午前10時半頃散歩をかねた買い物の途中、突然船がゆれるような感じがして、思わず立ち止まりました。
かなり長い間、景色が揺れていました。

3年前の中越大地震の震度7の経験とその後の震度3の余震を何度も経験しましたので体が震度計になっていますから、ああ、3や4ではない5以上あると思って、帰ってテレビをつけると案の定震度5強とありました。

とにかく、棚の上のものが1つも落ちなかったのがありがたかったです。
以前は5千冊に及ぶ蔵書、3千本のビデオテープ、700本のカセットテープ何度も積み上げるたびに崩れるので後片付けが大変でした。

まだ、余震の心配はありますが、今のところやれやれというところです。

半年が終わりました。

7月も後半を迎えて気持ちがあせります。
今年は3男の大学入学のあれこれで東京に行ったり来りもありましたが、人生も来年60歳を迎えようというときになると、今まで過激に仕事をしてきた疲れが、体のどこかにオリのようにたまっている感じがします。

この仕事を始めたときは肝臓の具合が悪くて24時間のうち1日に4時間くらいしか仕事ができないで寝たり起きたりでした。
その割に、このHPを見ていただけばおわかりかと思いますが、膨大な数の仕事をしてきました。

同じ絵のご注文をいただくことが多いのですから、実際に描いた枚数は、おそらくこの7倍ほどはあると思います。

30年のこの仕事のうち、半分は肝臓病、半分は糖尿病を抱えて、我ながらよく稼いだと思います。

今年、仕事に対する意欲がいちぢるしく低下しています。
机に向かっても、根気が続きません。
自分で、自分がこんなに怠け者だったろうかと自信が持てません。

後半年、少しがんばらなくてはなりません。
しかし、疲れていますね。

更新をほぼ完了

と思って、私にとってはメインの「仏画の世界」を表示して、サムネイル画像をクリックしても10何枚かリンクができていませんでした。

大ショックですね。
まだ、容量に遠慮して作っていた頃の画像は元画像自体小さく、画像も荒れたものでした。

この際ですから、ほとんどの画像をスキャナーしなおして大きくしました。
30年近く前のまだ、デジカメも無くまさかPCをいじることになるなんて思ってもいなかった頃の写真は貴重です。
しかし、当時お金もなく、1眼レフのカメラも無く。普通に写した写真はピンボケたり、変色したりで、PCで補正しなければなりませんでした。

膨大なサイトを作ったものだと、われながら驚きますね。
絵の、1枚1枚に私の人生の喜怒哀楽が詰まっています。

「仏画の世界」「吉祥画」の世界」とにかく作業を終わったことにしましょう。

近頃、普通に「吉祥画」と言いますが、私が20年近く前に「祝い絵歳時記・吉祥画のすすめ」と言う本を出版するまで、吉祥画という言葉はありませんでした。
慶祝画とか、言っていた様です。
1つの言葉を作り上げ、その言葉を普及させた白センセはえらいものです。

うん、えらい、えらい。

女子高生だけを

私の近くの比較的大きな町で、女子高生が学校の授業中にトイレで出産し、赤子を窒息死させたという事件がありました。

トイレから友達にSOSを携帯電話で発して、友達が教師とともに行って事態が公になりました。

このほど、女子高生は、殺人相当の罪で送検されると新聞に出ていました。

私はこの女子高生は馬鹿だと思います。
思いますが、妊娠に気がついたであろう7ヶ月前から出産にいたるまでの期間、どれほど悩み、苦しんだかに同情を禁じ得ません。

それより、どうして女性だけ、罪に問われなければならないのでしょう。
妊娠したからには当然男の存在があるはずです。
多くの場合、生理的に言っても避妊の責任は男のほうにより多くあるのではないでしょうか。

私は今の時代、かたくなに結婚前のセックスを否定はしませんが、それなりの責任をとる覚悟と、あふれる情報の中に、しっかりと避妊する知識は持ち合わせなければなりません。
闇雲に、本能に従うのでは動物そのものではないでしょうか。

セックスの行為そのものがなまくさいものだけに、昔から、人はさまざまな文化の衣を着せてきたのだと思います。
それは、生々しい食事という場面に、さまざまな儀式と様式を加えた事に通じます。

しかし、なぜ女性だけ罪に問われるのでしょう。
私は相手の男は、同程度以上の罪を科すべきだと声を大にして言いたいのです。

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竹内白雅

Author:竹内白雅

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