大峰庵の日々

時々の思いをつづります。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

人生の深い深淵

難しい題名をつけましたが、簡単に言えば、人はその人生の絶好調のとき、その足元に思わぬ落とし穴が潜んでいるということです。

自殺し、辞職した最近の大臣が良い例ですね。

今話題の朝青龍も、私は土俵上のしぐさの嫌いな横綱ですが優勝を遂げた絶好調のときでした。

歴史を見ても、織田信長は天下取りの目前、武田信玄は上洛目前、上杉謙信もそうです。
坂本竜馬は画策した大政奉還の目前でしたね。
誰も彼も、と指を屈すれば歴史上好個の例は枚挙に暇が無いほどです。

私の好きな徳川家康公、関が原で勝利を収めたとき、「勝って兜の緒を締めよ」と陳腐なことを言って自らを引き締めました。
司馬遼太郎さんなどは大阪の人ですから、徳川家康が嫌いだったようで、徳川家のためだけに日本人の規模を小さくしたなどと批判していますが、たとえ我が家1軒のためにもせよ、250年もの太平をわが国にもたらした功績は褒め称えるに吝かではないと思います。

私はもとより歴史上の大物と比肩するべくもありませんが、勝って兜の緒を締めよは、あなたにも、私にも、万人に必要な処世の知恵ではないでしょうか。

世の中の真理とか、生きる知恵とかは数多くの仏典や、高僧の説教にだけ有るのではなく、何でも無い日常に転がっているものです。
卑近なことわざ、言いまわしにこそ、永い歳月に磨かれた真実の言葉があるようですね。

スポンサーサイト

境目が分からない様に・・・

お盆というのはこの世とあの世との接点が1番近づくといいます。

私は小さいときから、身近の者の死に囲まれていたようなものですから、人の「死」というものに不感症気味で、悲しみは悲しみなりに覚めたところがあります。

結局、人は死んでしまいば1握りのカルシウムでしかないと思う思いもあります。

そんなわけで、歳を経るとともに、感覚の中で、あの世も、この世も、背中合わせのようなもので、だんだん境目が低くなるように思います。
理想としては、私の母のように、眠ったまま、それこそ、自分でも生死の境目をいつ超えたかわからない死に方をしたいものだと思っています。

私は母を思うとき、「死に方は生き方だ」と強く思います。
私は、欲望こそだいぶ薄くなりましたが、我が強いというか、業が深いというか、母のような亡くなり方をするにはよほどの修行が必要に思います。

生死一如とか禅宗でいいますが、そんな難しい言葉を使わなくても、「生き方は死に方」で良いのではないでしょうか。

****************************************************************
事故とかで突如なく亡くなった人が、自分が死んだことが理解できずに、「地縛霊」になっている、とか、心霊現象のテレビ番組で霊能者と称する人が言っています。
嘘か本当か、わかりませんが、いくら生死の境目が低くなったといっても、こんなのは困ります。

私の言っていることは、あくまでも自然死のことです。
西洋のように、刑死とか、暗殺とか、謀殺とか、不自然な死に方をした人を「聖人」とする思想は、本来の東洋思想には無かったことです。
非業の死に方は、結局その人の不徳の致す所とみなされたものでした。

ただ、東洋でも、日本だけは菅原道真とか、崇徳上皇とか、憤死、刑死、非業な死にかたを、「魂鎮め」として神に祭るという特殊な神道形態があります。
その意味で、若くして自殺した尾崎某という歌手を特別視する風潮は、やはり日本人の神道的考え方というのでしょうか。
**************************************************************

ちなみに、仏教ではどのような亡くなり方でも同等に扱うということを付記しておきます。
上記のことは、あくまでも私の個人的な考えですから、くれぐれも誤解なきようにお願いします。

思いがけないこと

この前から、お盆前の忙しいときに、股間のおできとか、34年ぶりにテレビの映像に出た初恋の女性を見て、その驚くべき変貌にびっくりしたりとか、思いがけないことが続いています。

人生はおここさんから頂いた「高麗数珠」のように、思いがけないことの数珠繋ぎだということは、私もこういう仕事柄心得ていますが、しかしこのところの続き方は何なのでしょう。

「禅宗用13仏」表具ができてきたので、今日、5キロばかり離れたところにお届けにあがりました。
「ほしいから、そのうちに描いてください」程度のご注文で、今まで交流のない方です。

70歳過ぎのおばあさんでした。
一目作品を見て、値段を聞きました。
私は初めての方ですから、額面通りの値段を申し上げました。

お茶の接待を受けているうちに、申し上げた値段を出してくださいました。
そのうち、これは気持ちだから、と、3万円余慶に出してくださいました。
私は掛け値をしませんから、遠慮をしたのですが、たってということでありがたく頂きました。

1時間ほどして、お暇するとき、「足代です」また2万円下さいました。
30年間、この仕事をしていて、断っても多くくださる方には何度かお会いしましたが、合計、5万円も余分に下さった人は初めてです。

私の作品は決して安価ではないのに、ありがたい人もいるものですね。

自分の受けたご恩はどこかで他人に返さなければ成りませんから心がけておくことにしましょう。

時は過ぎ、人は移ろう

15歳のときから9年間、一人の女性しか目に入らない片思いをしました。

私の「詩集 大悲の海」の主人公の女性です。
結婚したと知り、逢わないままに36年過ぎました。

一時、不明だった住所も知り、仕事の通りかかりにその女性の家の前を通ったこともありますが、逢う機会を作ろうとも思わず、さぞ、美しいままに歳を重ねたことだろうと創造していました。

今日、午後6時20分、地元のテレビニュースが地域の話題を流しています。

見るともなく見ていると、写真愛好家の女性の写真展の話題中、話している女性の名前がテロップで画面に出てきました。

あまりない、初恋の女性の氏名が流れています。
私はアップで映っている女性の顔と、見覚えのある名前のギャップに呆然としました。

私と同年のはずのその女性の余りの老けよう、美しいかもしれないけれど、私の思っている美しさとはまるで違うタイプです。

わたしは同名別人かと見直しました。
見ているうちに、昔の面影が所々にしのばれます。
しかし、時というのは残酷なものですね。
私が仏教に踏み込む元を作った彼女に対する私の彼女ゆえに悩んだ9年間は何だったのでしょうか。

♪逢わなきゃ良かった逢わないで、
 夢に出てくる初恋の
 君をしっかり
 抱いてりゃ良かったよ

と、北島三郎さんが歌っていましたが、まさにその言葉通りの心境です。

しかし、またしてもしかしですが、その女性が機縁になって仏教を知り、仏画かになり、こうしてHPを開いたことで、全国に、新たな出会いがあり、多くの方と友達に成れたのですから、人と人との関係ほど微妙なものはないのかもしれません。

またまたのまた

変な題名だと思うでしょうが、この前の「またまた」の続きですから「またまたのまた」です。

股間の陰毛のところにおできができたことを書きました。
今回はいつまでたっても腫れが中心によって来ず、直径にして4センチ近くが腫れたままです。
したがって、椅子に前かがみになるたびに圧迫されて痛いために仕事がはかどりません。

業を煮やして、今、カッターにアルコールをかけ、患部を摘み上げておいて思いっきり切開しました。
多量の血膿が出て、すっきりしました。

しかし、ご存知の通り、毛のあるところですから、傷テープを貼りにくい場所です。
歳とともに、幾分陰毛も薄くなりましたがやはり、剥ぐときは痛いです。
まぁ、仕方なしに貼りましたが4日ほどの不愉快な痛みがなくなったので気分爽快です。
こまかい描写ですから、皆さんのほうからしてみれば「そうかい」というところでしょう。

しかしながら、私はマゾヒストではありませんから、決して喜んで切開したわけではありません。
若いころ、剣道着のまま、毎朝20キロのジョギングを裸足でしていました。
帰ってくると、牛乳ビンのかけら等が足の裏に刺さっていたのを、赤チンをぶっ掛けて、カッターで掘り出していた時の習性が残っているだけです。

女人成仏

変成男子(へんじょうなんし)
と、法華経に書いてあります。
女性は男よりも罪業が深いので、いったん男に生まれ変わってからでなければ成仏できない。
という意味だそうです。

法華経など、釈迦の入滅からずっと後世にできたのですから、釈迦が言った言葉とは思えません。女性蔑視もはなはだしい言葉だと私は思います。

女性でありながら、優れた知性を持っていた祖母に私は育てられましたし、今現在、ネットのお友達の中にも、男より優れた仏教に対する深さを持った女性がいます。

昔、女人高野に見るまでもなく、女性を遠ざけてよしとする教団がいっぱいありました。

女性が悪いのではなく、女性を見て心揺らぐ修行僧のほうが悪いのではないでしょうか。
およそ、この世の仕組みが阿吽とか、陰陽で成り立っている以上、女性も男性もひっくるめた中での修行こそ本当の修行ではないでしょうか。

真言宗の根本経典の「理趣経」に、セックスもまた仏の道であると説いてあることが本当のところではないでしょうか。

不自然に男女を別々にするようなことでは、昔の軍隊のように、陰湿な新兵いじめになり、ホモ(男色)行為を良しとするいびつな社会になり、その人の宗教観自体ゆがんだものになると私は思います。
***************************************************************

今回、このテーマにしたのは、すでに生理がこないと思っていた家内が、まだまだといい、体調がよろしくないといい、まだまだ子供を作れると私に冗談を言ったからでした。

私はもう、そういう欲望は何もありませんが、改めて、性と宗教を考えてみたのです。

またまた

またまたという題ですが股のことで、しゃれでもなんでもありません。

3日ほど前から陰部の毛のところにおできができて、仕事で椅子に前かがみになると圧迫されて痛いのです。
3センチくらいに、全体に腫れていて、まだ、おできの形になっていないので、どうしようもありません。
もっと、寄って来て盛り上がってきたら、いつもやるように自分でアルコール消毒した千枚通しか、カッターで穴をあけて、焼いてネバネバにしたどくだみの葉を貼り付けるのですが、まだ早いこの時期が1番具合が悪いのですね。

今昔物語に、陰部におできのできた姫君が、こっそりとお医者さんのところを訪れ、内緒で直してくれたら治ったときに好きにさせてあげます。
といって、住所も名前も言わないで治療させたという話があります。
もちろん、煩悩にかられたお医者さんが腕によりをかけて直したのですが、直ったと同時に姫君は現れなくなりました。

私のはお医者さんに見せるほどのことはありませんから、そのうちに自分で手術してしまいます。
もう少しの我慢ですね。

30年も前に、お尻から内視鏡を入れられて検査をされたことがあります。
お尻のところだけ穴があいているパンツをはかせられるのですが、薄地のレースのパンツですから丸見えも同じことです。
もっと悪いのは、診察室の外の待ち合わせをする小さな部屋のベットで浣腸をされたのですが、ドアを開け放したまま、看護婦さんが数分いなくなりました。
浣腸されているのですから、自分で閉めることができません。

外を一般の患者さんも、お見舞いの人も通るのに私は無様にお尻を出したままでいました。
その時、お尻を廊下のほうに向けていたのですが、顔を向けていた方が良かったでしょうか。

帰ってきた看護婦さんに文句を言うべきだったのでしょうが、可愛い顔をした看護婦さんだったので、その当時、純情だった私は黙っていました。

************************************************************
お盆前で忙しい上に、上記のようなわけで股間が痛いので皆さんの所に行けません。
自分のブログですから、またまた、好きなことを書きました。
「またまた」というのはそういう意味です。

田舎の夏の食べ物

昨日は台風被害にあわれた方々にお見舞い申し上げます。

私のお友達は、西というか東南の方に偏っている傾向が強いので、この時期、心配ですね。
私のところは台風の時期になるとフィーン現象とかで、山越の南風が熱い空気を運んでくるので、記録的な高温になることがあります。

昨日は計ったわけではありませんがニュースによると36度以上はあったようですね。
十日町は小さい盆地ですから、熱気がたまって特に暑くなりますが、市街地から南に5キロばかり離れた私のところは、長野からの風が通り抜けるところなので、案外高温にはなりません。

その代わりといいますか、冬は寒い風が長野から吹き付けますから、この辺のことを「坊主のカミソリいらず」といいます。
つまり、お坊さんも、かみそりを使う必要がないほど、ひりひりと寒い強風が吹くところです。

昨日、百さんと電話で話したのですが、「棒鱈」ボウダラというのがこの辺のお盆のご馳走になります。
鱈を寒中に外に干しておくと、冷気で棒のように乾燥します。
時々、干しておいた棒鱈が、風にゆれてガラスを割ってしまったなどという話を聞きます。
海が遠いものですから、昔の保存食のような知恵産物ですね。

ボウダラ、硬いですから、のこぎりで3センチほどに切って、お酒、砂糖、醤油で味付けをしてコトコトと、とろ火で1日ほど煮ると骨まで柔らかく、さくさくとした口当たりの食べ物になります。
都会に行った連中の、お盆の帰省の楽しみの1つです。

ヤツガシラの茎を湯がくと赤みの強いピンク色になります。
3センチくらいに切って、酢を利かせて食べます。とてもさっぱりとおいしいものです。

ぜんまい、根曲がり竹の子、身欠きにしん、車麩(くるまふ)をいっしょにした煮物、
海草を羊羹みたいにした(甘さはありません)イゴ練り。

どれもこれも栄養価のないような食べ物ばかりですが、お盆の時期のこの辺のご馳走です。

八月です

温暖化で地球の気候に狂いが出ているといいます。
事実、南のほうのお友達は毎日、暑い、暑いといっていましたが、私のところではいつまでも梅雨明けせず、雨が続きました。
気温も、連日27度前後、朝など、クーラーを暖房に切り替えた日もありました。

しかし、とにかく8月、今年も半分以上が過ぎました。
私の恩師の紀野一義師は、学徒出陣中、広島の実家のお寺、中心部にあったそうですが、家族が家族が全滅なさったそうで、戦争が終わって、帰ってきたら何もなくなっていたといいます。

8月はそのせいか、何かと体調不良に陥ると聞いたことがありました。

まだ、そういう方がいるというのに、防衛大臣のように「仕方ない」などと、軽率な発言をする人がいるから困りますが、考えてみると、3月10日の東京大空襲のアメリカの指揮官、確か、カーチス。ルネイといったと思いますが、そういう、民間人を焼夷弾で大量に虐殺した人物に、日本の航空自衛隊の創設に貢献したという理由で、この国は大きな勲章をあげたことを忘れてはいけません。

占領軍が日本にくるということで、良家の子女を慰安婦にしようと、募集までしたのも、その当時の日本の政府です。
幸い、いくら何でもということで、実現しなかったことを喜ばなければなりませんね。

温暖化の話がそれましたが、自動車産業の排気ガスをいわれないために、煙草を吸う人の受動喫煙などにさも重大な害があるように仕向け、馬鹿な国民が鵜呑みにして付和雷同する日本人、
美しい国の住民とは思えませんね。

自民でなければ民主、そのときの流れのままになりながら、主体性のないくせに、ほかに投票するところがない、などと、普段の勉強もしないくせに知ったかぶりをする軽佻浮薄な日本人も、今度は、温暖化という言葉にどう振り回されるか、私は興味津々に見ています。

Top

HOME

竹内白雅

Author:竹内白雅

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。