大峰庵の日々

時々の思いをつづります。

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煙草はこうして吸うものだよと

散歩に出ると栗が落ちていたり、空気が澄んだので、山が近くに見えたり、ススキが青空に映えて見えたり、すっかり秋です。

中秋の名月は用があって上京したりして慌しかったので観賞できませんでした。
さて、長袖に替えて、夜、一時ですが暖房にクーラーを切り替えました。
冷え性の家内は、昨日からコタツを出して、足を入れて仕事をしています。

3男と家内が用を足していた上京した時の事、余り地理に詳しくない3男と家内のために、余りうろつけないので、上野の動物園の目立つベンチで2時間ほど時間をつぶしました。
持っていた文庫本も読み飽きて前を見ると、明らかに女子高生とわかる、かわいい顔をした美少女が、慣れない手つきで煙草を吸っています。

禁煙して1年と3ヶ月ですがヘビースモーカーだった私です。
むやみに煙草を吸いたくなるものです。

さすがに吸いませんでしたが、頭の中でこんなことを考えました。

お嬢さん、タバコはこう吸うものだよと、女子高生の頭をぶん殴って1本横取りしたら、婦女暴行と言う罪になるのだろうか?。
或いは、強盗になるのだろうか?。

吸いたい物を我慢していると、あらぬ妄想をするものですね。
実行していたら、もう、あらゆる信用をなくしていたでしょうね。

こうしてみると、あらゆる男どもの近頃の破廉恥な犯罪と言うのはすぐ、身近にあるものだと少し納得しました。
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今日と明日は留守にします。

東京の出版社が近々出版予定の「七福神」の本、今日、校正刷りができるので、校正方々打ち合わせをしたいということで上京します。

明日は3男の大学に用があるので、都合2日、家内と行くことになりました。
久しぶりの気分転換になりますが、生活が夜型の人間ですから、今、こうして起きていると、午前の新幹線の中、2時間ほどは寝ていることになるでしょう。

家内のパカヤローー

糖尿病は歯がぼろぼろになります。

人が老化する順序を歯、目、魔羅といいますが、前に書いたように老眼は少し入ってきましたが、まだ、文庫本を、目から30センチくらい離して読めますから仕事のとき意外は不自由を感じません。

魔羅これはもう、使うこも使うつもりもはないですが元気いっぱいです。

歯のお話でした。
昨年から歯が半分入れ歯になりました。
佐賀のお姉さんが歯の抜けた写真をメールで送れといいましたが、口ひげがあって、歯のない口のアップ写真はとてもいやらしそうなので丁重にお断りしました。

この1週間、口内炎ができて、朝と昼、そして夜に入れ歯を取って歯を磨くと真っ赤な血がドバッと出ます。

今朝、家内が脇から見ていて、「ナプキンをつけてマスクをしてみたら」と私を馬鹿にしました。
だいぶ以前、私が痔で悩んでいたときにも同じ事を言われた覚えがあります。

偉大な山は近くで見ていると偉大さに気がつかないといいます。
私の家内は私に対する尊敬心が全然ありません。
こっそりと、ネットで(パカヤローー)

と言っておきます。

『独慎』

わたしの家の五百メートルか七百メートル以内に、小学校、保育園、中学校があります。
したがって、散歩に出るたびに子供に出会いますが登下校の時は、口口に挨拶してくれるのでうれしいながらも煩わしく思うことがあります。

今日は、午前11時ころ、買い物をかねた散歩に出ました。
小学校1年の名札をつけた体操着の子供のマラソンに出会いました。
どこまで行くのか知りませんが、学校を出て走っている子供と、早くも折り返してくる子供がすれ違っていました。

百メートル感覚くらいに先生が「ガンバレー」とか「手をつないで走るんじゃない」などと声をかけています。

私が見るともなく見ていると、まだ折り返し地点が遠いらしいのに、帰ってくる、子供の中にすばやく紛れ込んだ子供がいました。

小学校1年の癖に、なんというずるがしこさを身につけていることでしょう。
私にはその子供の後ろにいる親の姿が見えるようでした。

落語で、「ひとつ、軍人は要領を旨とすべし」というのを聞いたことがありますが、この、要領のよさはどこからくるのでしょう。

あるいは、いまどきの日本のことですから、こういう子供こそ、とんでもない出世をするのかもしれません。
どこかで人生につまずいて痛い目を見るか、神のみぞ知る。ですが、私は小さいときに、
「悪いことをして、誰も見ていないと思っても、自分が知っていることはごまかせないものだ」
と教えられました。
「天知る、地知る、人が知る」
ともいいます。

一人を慎む『独慎』

という言葉は死語になったように思います。

まーお下劣

少しばかりお下劣な話ですが、女性にはわからないお話です。

20台の時に名前は忘れましたが、洗髪材でハッカ系のスカスカするものが発売されました。
これで髪を洗うとすっきりした感じがいつまでも残って気持ちがよいものでした。
ある日、お風呂で髪を洗っているとき、泡の1固まりが落ちて、ちんちんの先端の皮のない部分に付着しました。
次の日、1日中、股間をさわやかな風が吹いていた思い出がありまます。
これはもう大昔の話です。

ここからはついこの前のお話。
来年は60歳になります。
別に不自由ではないのですが、前に糖尿病がひどかった時立ち居に足が痛くて困ったことがありました。
今は直ったのですが、立ち上がるときに、癖で何かにつかまったり、手をついたりする癖がつきました。

お風呂で体を洗い立ち上がるときに、今まで座っていた椅子に手をついて立ち上がりますが、3日ほど前、手をついた場所が自分の袋の上でした。
手をつくとともに立ち上がりましたから、ぶっちぎれたような痛みに教われました。
まさか、千切れはしませんでしたが、他人様よりも物が大きいと、時としてこういうことがあります。

断っておきますが、決して大きいことを自慢しているのではありません。
うかつな自分の体験をお話しただけです。

久しぶりに

ひさしぶりに、また怒っています。
前に近くの町で、授業中にトイレで子供を産んで死なしてしまったために、殺人罪で逮捕された女子高生の話をして、どうして妊娠させた男の処罰をしないのかといきまいたことがあります。

その町からさらに北方の同じ新潟県で、仕事中にトイレで子供を産み、水洗タンクの水を抜いた中に放置し、赤ちゃんの鳴き声に気がついた別の女性に発見され、殺人未遂で当該女性が逮捕されました。

どこやらのアパートでは病死した女性の部屋から4人もの子供の遺体が発見されたと昨日のニュースにありました。

いまどきの男も女も、避妊の知識が無いとは言わせません。どうして、後先を考えないセックスをするのでしょうか。
そしてまた、どうして後始末を女性だけに押し付けるのでしょう。
私に言わせれば、男女は同罪というよりも、より男のほうに責任があると思うのですがどうでしょう。

地蔵経という偽のお経があります。
水子は親よりも早く死んで、その、親に嘆きを見せた罪によって賽の河原で鬼の責め苦を受けるといいます。
水子供養という名目で、悲しむ親からお金を毟り取る坊主は、地獄の鬼よりもすさまじい鬼ではないでしょうか。

何ヶ月か、胎内に子供を育んだ女性は、無事に産む産まないにかかわらず一生の感覚として残っているものだと、私は男ながらも忖度します。
不幸にも流産し、堕胎し、生後すぐに、処置に困って我が手にかけてしまわなければならない、生物としての悲しみをどうして女性だけが背負わなければならないのでしょう。

相手の男を探し出し、女性以上の刑罰を与えるのが妥当ではないでしょうか。そういう無責任な男は、2度とセックスができないように、そのものを切り落とすくらいがちょうど良いのではないでしょうか。

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竹内白雅

Author:竹内白雅

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