大峰庵の日々

時々の思いをつづります。

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O さんへ

すでに知っているでしょうが、こんな歌がありました。

http://tsubaki.lix.jp/karaoke23.htm

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石 鎚 山
製作*著作*飛騨 葵

1)  伊予の霊峰 石鎚山は

一九八二の 天狗嶽

東に瓶ヶ森か めと 笹ヶ峰

西に二ノ森 堂ヶ森どうがもり

その名も石鎚 連峰の

雄姿は伊予の 守り神


.
2)  朝陽を浴びて 輝く峰は

日本七霊山ななれいざんに 数えられ

三神像の 智・仁・勇

石鎚毘古命ひこのみことを 祀りして

諸願成就を 祈願する

御霊は伊予の 守り神


.
3)  女人禁制 山開き

水垢離とって 身を清め

白装束で 登拝する

お山は伊予の 守り神

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縦長の写真は・・テスト

達磨


横の写真は縮小しないとアップしたときにはみ出してしまいますが、縦長の写真ならどんなものでしょうか。
今出来上がったばかりの「芦葉(ろよう)の達磨)」です。
1週間前、ハプニングのあった峠越えのお寺様用、明日お見せに行って良いとなったら表具にまわす作品です。

冬の花

お友達にいただいた「セッコク」の花がアトリエは温かいものですから、次々と蕾をつけて昨日1輪咲きました。
雪国は花と緑に不足しています。
せっかく冬に咲く山茶花も、3メートルあまりの木が雪がこいでグルグル巻きにされているので風情も何もありません。

園芸店に色とりどりの花はありますが、私はどういうものか、昨日今日の園芸品種の花が好きでありません。
余計なことですが、ひところ、好きでないという言葉を「すきくない」と発音していた若者(ばかもの」が居ました。

花の話でした。
改良品種でなくても、以前には冬、花が欲しいものですからたまにお店から買ったものです。
しかし、1年たつと、在来の花と同じ時期に咲くようになって、冬に咲かせるためにはいろいろと温度管理が必要なようです。

湿った、重い初雪が降ったとき、山茶花の10センチ余りある太い幹が根元から半分折れました。小枝を切って、多量に家の中のいろいろ温度差のあるところにバケツに入れておきましたら、次々と咲いて、仏壇、神棚玄関を2ヶ月彩りました。

この前、二回から眺めると、桃の太い幹が折れています。
前記山茶花が終わりそうですから、今度は折れた桃の枝を多量に保存するつもりです。

私は家の家紋でも有って、リンドウがむやみに好きです。
家の土地は酸性が強いので、酸性を好むリンドウにはもってこいと思うのですが、買ってきたリンドウ、はまったく根付きません。
変わりに、植えた覚えもないスミレが、黄色、白、濃紫、幾種類かがむやみに増えています。
桔梗も、八重、白、紫、増える一方です。

家内が忙しいものですから、草取りをあまりしなくなりました。
草をはやしておくよりもと思って、雑草に似た草花をそのままにしておきます。

しかし、草は生えても、やはり雪のない季節が待たれますセッコク

昨日は吹雪で

吹雪

PCを新しくしたら、このブログの管理画面を開くのに、いちいち、そのつどIDやパスワードを入れなくてはなりません。
保持するの□にチェックを入れておいても役に立たないのです。
いろいろしても、そのつど日本語入力に切り替えなければならないのも厄介なことです。

昨日の吹雪は近頃珍しかったです。私の家は古い家を移築したものですから、半分は窓が木の枠です。いくらきちんと閉めても、どこやらから、粉雪が吹き込んできます。
内側は障子の二重でも同じことです。

ところで、この前、テレビを見ていたら福山は畳表の産地だと放送していました。
昔覚えたことですから確かかどうかの知識ですが、畳表のことを「備後」と言ったと思います。
私は今まで、福山市は「備中」だとばかり思っていましたが、してみると正解は「備後」だったのでしょうか。

オーーイ福山市のお嬢さん教えてくださいまし。

十二峠越え


「私の市の南に「清津峡渓谷」という断崖絶壁数百メートルの国定公園があります。
その渓谷の上を曲がりくねった道があり、上越新幹線への最短距離となっています。
昔は冬場は雪崩とスリップと積雪で通れたものでは有りませんでしたが、現在は除雪が完備して通ることができますが、夏場でも、何年かに1度は車が落ちるという難所であることに変わりありません。

その狭い路を大型バスがヘアピンカーブするのですからスリルといったら、高所恐怖症の佐賀のお姉さんなど、チビリッぱなしになるでしょう。

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そのお話です。
私はこの3日ほど前から1日に1度ほどですが、激しい下痢をしています。

昨日は隣の市と、その又隣の市に、新年のご挨拶に行く予定でした。
昨年、同じ時期に道路の凍結のために家を出て数百メートルのところで2回転倒し、、臀部の同じところを2度にわたって強打したため、しばらく起き上がれなかった経験があります。

案の定道路には薄っすらと朝の雪がかぶっていて、どこがすべるか分からないようになっています。
しかし、温暖化の影響でしょう。大寒に入ったといっても夜間の凍結がなかったようで、1ヶ所も滑りません。
上記の、魔の十二峠は、バスが通じているか不明でしたので、往路は電車です。2時間かかって、最初に訪問するお店のある駅に降りました。
駅から出て、歩き始めたときにおなかが微妙でしたのでおならが出ました。
同時に、なんともいえない生暖かい不快感を水戸様に感じます。
もしやと思って、駅のトイレが近いのを幸い、内股でそろりそろりとたどり着き、下半身すべて脱いで見ました。
案の定。○○コパンツ状態です。
幸い処置が早かったので、その上のズボン下にまで被害が及んでいません。
私は癖で、かばんには多量のチリ紙を入れていましたので、そのすべてを使ってきれいに拭きました。
ローカル線の駅で、誰も居ないのを幸い、汚れていないズボン下で、手洗いの水を使って、どなたに舐めていただいても良いように処置しました。

しかし、ズボン1枚の下はフリチンですから、落ち着かないし、寒いし、もう1度下痢をしたらと思う不安に包まれました。
訪問先のお店の美人奥さんは、まさか私が、ズボンの下がフリチンだなどとは夢にも思わなかったでしょうね。

さらに乗り換えも入れて電車で2時間、次の市のお寺様です。
無事にご挨拶を済ませました。
お寺の門前で、「十二峠越え」のバスが通っていることを確認していましたから、帰りはバスで峠越えです。
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バスの最後部から移した写真です。
この、後ろの山を越えて来ました」
手前の雪の下は数百メートルの断崖です。十二峠

いろいろ2

1月も後半にさしかかろうというのに、まだ積雪1メートル50前後、暖冬でしょうね。
いつも、私の誕生日の紀元節を過ぎるまでは油断できません。
3・8豪雪、5・6豪雪の時には歩いていて電線に躓いて怪我を下人が出ました。
それから、この辺では電柱の高さを1メートルばかり高くしたのでした。

青森のayaさんが掲示板に書いていたように、地球温暖化、結構なことです。
所詮、暖かいところに住んでいる人は、豪雪地帯に住むものの、雪に対する恨みつらみは理解しろというほうが無理でしょうね。
事ほど左様に、人は自分中心にしか物を見ません。

自分で鯨を食べないからといって、あるいは牛肉をいっぱい売りつけようとして、捕鯨反対を叫ぶやからが居ます。

用も無いのに自動車を乗り回し、不用なアイドリングをしながら、喫煙者を非難するものが多い世の中、変ですね。

キリスト教圏のものだからイスラムを認めない。
平和主義だそうです。
他人の信仰を認めないで、血なまぐさく信仰を押し付けたのは十字軍の頃からキリスト教の方が多かったと、私は認識しています。

人類が宇宙に飛び出す時代、小さな地球という認識が、世界の主導者といわれる人々にもてないというのはどうしたことでしょうね。
そういう私も、自分の小ささは棚に上げて、いつも世の中と他人をののしる狭量を、一向に改めようとしないのはどうしたものでしょう。

悪いこととは知りながら

いろいろの音楽を自分のCDやテープから起こしてページを作りましたが、その勢いで「仏教の歌、御詠歌とか、和讃」のコーナーを作ろうと思い立ちました。
このコーナーはさすがに私も資料不足ですから、検索でいろいろと探し回り、宗派にこだわらないで収集しました。
こればかりはは音声が入っていないカラオケ状態ですと、一般の人には意味がわかりませんから、声の入っているものをと、他サイトから探し出し、試しに「仏の世界」のBGMに「四広請願」を入れてみました、しかし、音声が入っているものは容量が多いのでバッファに手間どるのでしょう、声が出るまで少し時間がかかります。

少し待っていていただくと聞こえてきますが、これはこれで結構いいものです。

真宗と日蓮宗は中の悪い間柄ですが、真言宗や、曹洞宗、臨済宗。この私のサイトの中では仲良く同居してもらうために、あえて宗派を問わないで集めました。
徐々、私のサイト用に改変してアップするつもりですが、無断で集めてきたので罰が当たったのでしょうか、昨日の午後から左足が激しい「こむら返り」になって、痛くてたまりません。

またしても悪い癖で変なことを云うようですが、昔読んだ山本周五郎氏の小説に、客と激しく睦み会った遊女が、その絶頂の時、
   「アレェ・・・こむら返りが起きんす」
とよがり声を上げるシーンがありました。

いろいろ

前の項に書いたTの4回目の祥月命日です。
人柄の良い男でしたから若いときには大勢のものにおごったり、尽くしたりした男でした。
ともに会社を辞めてから、お互い同じ町に住みながらいつしか行き来はなくなっていました。
新聞で、Tの訃報を知って、無くなってから1週間ほどして私は焼香に行きました。

昔、あれだけ他人に尽くしたのに、葬式に、焼香に、来たものは数えるほどだったといいます。
私は奥さんともTが交際していた頃からのなじみでしたので、納骨に、1周期に、3回忌にとおまいりに行っていますが、人はやはり生きているときだけと奥さんは云います。
なくなってみると、あれほど人に尽くしたのは何だったのだろうと思うほど、親しくしていたものほど疎遠になってしまったと聞きました。

それが、このせちがらい世の中の真実なのかもしれません。

そのTと同じ頃、10年近く勤めていたので、厚生年金があるはずと、私はうっかりしていましたが、1ヶ月ほど前に社会保険庁から通知が来ました。
何でも、国民年金と統合して、来月の誕生日以降に請求すれば、何がしかの年金を呉れるそうです。
今日、説明会に行ってきました。
組織は違いますが、国民年金基金、是も、そちらの組織に請求すれば別途に呉れるそうです。
10年近く勤めていたときはまだ30歳前でしたから、年金など考えても居ないで、給料から差し引かれるままでした。
若死にの家計でしたから、自分が60歳以上生きるとも思っていませんでした。

兎に角、この20年近く、1日のうち半分寝ながら仕事をしていたような有様でしたから、呉れるものなら、遠慮なしに貰っておきましょう。
そのお金を基にして、私の仕事の上で、もうひとつしてみたいことに挑戦しようと思っています。

!!ぬけちゃったぁ・・・・!!

人によっては身内のものが亡くなると、種族保存本能が働くのか、異常なほど性欲が高まるようです。
以下は4年前の1月10日に亡くなった私の親友が、まだ若い頃、お嫁さんを貰って半年あまりの頃のお話だそうです。

まだ20代の後半の頃、Tは新婚半年ほどで父親を亡くしました。お通夜の晩、異常なほど、性欲が高じ、何度も何度も新妻と交わり続け、連夜の父親の看病疲れとセックス疲れでそのまま眠りに落ちました。
翌朝、尿意を催しましたが、あまりの眠さに、限界まで我慢して、いよいよ我慢の限界に迫られて寝ぼけ眼で、トイレに行きました。
たまりにたまった小便を放出する快感は誰しも同じこと、彼もうっとりとたまりにたまったものを出し続けたといいます。

そのとき、『ズボ!!』という音とともに「いちもつ」を激しく引きちぎられるような衝撃が股間に走りました。
Tはてっきり、!!ぬけちゃったぁ・・・・!!
と思ったそうです。

彼は一時に眠気が覚め便器を見ました。
そこには彼の小便で膨らみきったコンドームが、激しく尿を撒き散らしながら、急速にしぼんでゆくのがありました。

彼はコンドームをつけたまま、いろいろな疲れでセックスの後始末もしないで眠っていたのでした。

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彼は大勢居た同年の仲間の中で、1番精力的で、明るい男でした。
私の大親友でしたが、前期のように4年前の1月10日に喉頭癌から始まった癌が各所に転移して遂になくなってしまいました。
私に、タバコを教え、パチンコを教え、お酒を教えた男です。

パチンコはまだ、コンピューター制御でない手動式の頃、私は自動車学校のお金をパチンコから出すほど腕を上げました。
手動式でなくなったときに止めましたからはるかな昔です。

お酒は30年前ほどから徐々に飲まなくなり、今は断酒に近いほど飲まなくなりました。

タバコは1年半前に止めたので、彼から教えられたものはすでに私の中には残骸もありません。

しかしながら、祥月命日と、お盆には彼の家に行きお線香を上げることにしています。
そして、彼を思うとき、決まって、上記の話を付随して思い出すのです。
もうすぐ命日・・・・。

タイトル変えてみました。

新年を期してタイトルを変えてみました。「月に吠える」萩原朔太郎の詩集に、同題名があったようですね。
狼が月に吠えるというのは孤高でかっこいいですが、私のは腹をすかした負け犬の遠吠えみたいで少しもかっこよくありません。
少しばかり世の中に対する鬱憤と、今まで、聞きかじり、体験してきた「よしなしごと」、中には猥談に近い他人事、自分事、思いつくままに書き散らしてみようと思っています。

眉をひそめながらでも、読んでいただいている人が結構いらっしゃるといううわさを信じてはじめてみましょう。

還暦

十二支は12年で一回りですが、十干と組み合わせると60年で一回りします。
私の生まれた年は60年前の戊子(つちのえね)ですから、今年、戊子年をもって一回り、つまり、暦がもとに還るので還暦といいます。
新しく生まれた、赤ちゃん返りという意味で、赤い帽子や、ちゃんちゃんこを身につけて再生のしるしとしました。

生まれてから60年、生きるためと称して、仏教者としてはいらない雑知識がずいぶんたまりました。
私は20台の中ごろから、真理を求めたり、仏の前にすべての自己を投げ出すためには、余計な理屈、余計な知識は邪魔になるものと気がつき、勤めて自分のそういうものをこそぎ落とそうとしてきましたが、それでも、日々の生活を送るうちに、垢として染み付いたものが多いようです。

この還暦を機会に、改めて自分を見つめなければなりません。
仏教の言葉をできるだけ使わない仏教者、普段の、何気ない言葉に、気をつけようと思います。
仏教者の臭み、いろいろのお坊さんのサイトを見ると、歴然と感じます。

いかに何気ない仕草、何気ない言葉に、仏教があふれているかというのは、その人が真実仏教を当たり前として生きているかを測る秤になるでしょう。

ともあれ60歳の還暦です。
私が存在したことによって、大きな迷惑を感じる人は仕方なく存在するでしょうが、1人でも半人でも「あいつと知り合えて良かった」と思えるようになりたいものです。

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竹内白雅

Author:竹内白雅

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