大峰庵の日々

時々の思いをつづります。

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まったくせわしない

とりあえず一昨日帰って来ましたが、又明日上京です。

何でも、抗がん剤の使用について説明をするから家族に立ち会えと言われたとか。
家内がいるから良いとは思うのですが、家内からすれば私にも来てもらいたいということです。
なんと頼りない家内でしょう。
是というのも、箱入り家内にしていた私の罪かも知れませんね。

しかしそれにしても、1週間に1度か2度の上京は体と財布にきついですね。
月曜に説明だそうですが、時間がわからないために明日の午後の出発です。

今回は月曜の夜か火曜日には帰られると思いますが、なんともいえない面もあります。
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おここさん・百さん有難う

お二人さん、留守の間、何かと有難うございました。
東京の道は歩くのにとても疲れます。
少し太り気味だったのが、スリムになったかもしれません。
糖尿病には良いことですが、疲れました。
結婚以来30何年目にして独身生活の気分ですが、今まで、炊事の経験が全然ないので面食らっています。
今日は初めて洗濯なるものをしてみました。
良くしたもので、少しくらいの食べ物の作り方は、次男坊に教えて言ったので、何とかなるとは思います。
お医者さんは、余命1年といったのが、回復したら3ヶ月に縮みました。
その間、家内と別居生活ですが、時には交代するかもしれません。

世の中は春ですが、こういう状態は心の修行になるでしょう。
比較的、落ち着いた心境ですが、兄弟といっても、所詮は他人事のせいでしょうか。

明日の朝から

来週からと前に書きましたが、危険な手術だから説明に家族の立会いが必要だという病院の要請で、急遽明日の朝上京します。
手術は月曜の朝から10時間を越える大手術だということですから、術後の経過を見極めたりする必要から、1週間近く留守になる予定です。

東京はさくらの話が聞こえていますが、病院外の春に浸る余裕があるかどうか、行ってみないとなんともいえません。

まだ彼岸ですが、気早く表紙のページを彼岸の雰囲気から変えておきましょう。

収集魔でして

ソニーから新製品として昔のレコード盤をかけると、そのままPCに取り込め、CD保存ができるという製品が発売され、新聞、テレビで話題になっています。

2週間前なら、私も欲しがったでしょう。

この前、兄の見舞いに上京したとき、秋葉原のヤマダ電機から、アナログ音声をデジタル化してPCに取り込む機械9000円なりを買ってきたばかりです。
ついでに、ビデオキャプチャ(テレビやビデオを取り込む機械)12000円なりも買ってきました。

私は昔、音楽の収集魔でレコードが100枚近くカセットテープ2000本近くがあります。
この、テープやレコードをPCに取り込んで自分のCDにしたいと思っています。
ビデオテープも、洋画を主体に、仕事の資料として撮りためたテープが1000本近くありますが、古くなったテープは、時々巻き戻したり、早送りしないとカビが生えてきます。

是も、将来に備えてCD化しておきたいものです。
そんなわけで、新しいソニーの製品を買わなくても良いのですが、これから老後に入る長い人生をどうやら退屈しないですみそうです。

今度の日曜日から

東京の兄から電話があって、次の月曜日の午前8時半から手術をすることに決まったそうです。
東京まで1時間半と入っても、当日、新しい病院を探して歩くのも、手術の時間に間に合わない恐れがありますから、今度の日曜日、朝から上京するつもりです。

大学病院が、あらゆるスタッフをそろいてする大手術は月曜日だけだということで、予定として、10時間の手術になるそうです。

そんな長時間の手術は、患者も大変ですが、お医者さんも体力がないとやり切れません。
ご苦労さんとしかいえませんね。
上京すると帰りの予定がいつになるか、この前以上にわかりませんが、私の予定の仕事が間に合わないのは仕方ありません。

何しろ、独身の兄には私と弟しか身寄りがいないことになるのですから、
このごろ、独身主義かどうか、結婚しない若い人が増えていますが、晩年になってこういうこともあるのですから、やはり、自分の一生は通算して考えておくことが大切ですね。

私の兄のように、そこそこに財産を残したといっても、自分の子供や奥さんに残せないというのもむなしいものです。

困りましたね

糖尿病は歯がもろくなるといいますが、上の歯は半分しか有りません。
3年前に入れ歯にしました。
下の歯は右の奥歯がありません。
さっき、左の奥歯、差し歯にしていた3本つながりの歯が抜けてしまいました。つまり、下の歯は前歯だけが残ったことになりますが、臼歯がないので食べ物を磨り潰すことができなくなったというわけです。

彼岸の中日明けか、来週早々、帝京大学の病院に転院した兄の手術が控えていて、上京しなければなりませんが、お医者さんに無理を言って、何とか、今週中に新しい入れ歯を作らなければなりませんが、果たして無理を聞いてくれるでしょうか。
いささか不安が募ります。

若くて美しい女性に、「旗坊」だの「ここ坊」だのと言ったので、天罰があたったのでしょうか。
げに、恐ろしいことがあるものです。
他人を誹謗してはいけないという、格好の教訓でした。

それにしても困りましたね。

落ち着きがなくて

前述の兄から電話があって、日大板橋病院から、より膵臓癌に強い帝京病院に移って、すでに検査はいろいろ終わっているので、入院と間なしに手術をするといいます。
国立癌センターは、さすがに全国から患者が集まるので、2ヶ月待ちの状態で、今の病院から近いところに転院するということでした。

患部は、膵臓の末端4.5センチほどで、開いて見なければ確かなことはいえないそうですが、転移はなさそうで、手術できる最終段階とか、日大も帝京も、大学病院でありながら、それぞれ得意分野が違うのは、一般のわれわれの個性のようですね。

来週、転院して、何日かして手術ですから、来週後半又上京することになるでしょう。
今度は何日の滞在になるか未定ですが、3月後半、尻が落ち着かないことになりそうです。

今回の文章、「なりそう」「なりそう」と同じ言葉が羅列していますが、たまにはよしとしておきましょう。
私も病身ですから、少し疲れています。

私の原点です

護国観音

この観音様は「護国観音」と言います。私が小学校の3年生の頃、私の家から7キロ近く離れた峠の見晴らしの良いところに、戦時中ビルマ戦線に従軍した地域の方によって建立されました。

人里はなれた淋しい峠の頂上で、仏師がただ一人小屋がけの自炊をしながら、こつこつと石を刻んで彫り上げました。
当時、私のすぐ上の兄は小学校6年生でしたが、学校から帰るや否や一人でこの峠の頂上まで駆け上り、じっと仏師の手元を眺めていました。
夕暮れ時、私はそんな兄を迎えに何度この淋しい峠道を登ったことでしょう。

薄暗くなった山の峠道、小学校3年生の私が7キロ近くをどんなに怖い思いをして通ったか、推察できるでしょう。
もちろん、帰りは兄と一緒ですから怖くも、寂しくもなかったのですが、今思い出すと、行くときの一人の寂しさばかりが脳裏によみがえります。

その、すぐ上の兄は37歳のときに事故死しました。
今度はその上の兄の、末期癌の見舞いに上京したことになります。
その兄の家の簡単な仏壇に、私が8年ほど前に、母と家内を写したこの写真が飾ってありました。
母がなくなって7年です。
もちろん母は我が家の墓地に入っていますが、このたびの兄も、独身ですから、私のお墓に入るでしょう。

この写真は、そんなわけで、さまざまなことを考えさせます。
私の、絵仏師の原点ともいえる観音様です。

すぐ上の兄は、観音様を彫った仏師が、強く養子に望んだのですが、別の道を歩いたことになります

少し留守をするかも

私の兄は3人とも、東京で事業をしていましたが、操業したすぐ上の兄は37歳のときに亡くなりました。
長男は3兄に協力して仕事をしていましたが、仕事はできるのに経営の能力がないものですから、2兄が社長を継ぎました。

是は結婚しないで、12年間癌を患った長男一家と会社を支えるために働いていましたが、65歳になった一昨年、従業員の始末をつけて、廃業し、年金生活に入り、悠々自適の生活をしていましたが、10日ほど前、電話をかけてきて、内臓に影が映ったので検査入院するといってきました。

昨日の電話では、膵臓癌で、検査結果によっては、胃から肺の1部まで摘出する手術になりそうだといいます。
良性であれば、コバルト照射治療ですむとは言いますが、日本でその方面では最高の治療を誇る日本大学板橋病院の先生が、説明をするから、身寄りのものを呼べというのですから、楽観できない事態だと思います。

2兄は長年事業をしていたので、資産はそこそこあるとはいえ、1人ものでいましたので、本籍は私のところにあり、手術や看護となると、一切が私の手に成らなければなりません。
手術の立会い、退院後の介護、等忙しいことになりそうです。
おそらく、家内を派遣して付ききりみたいになるでしょう。

運悪く亡くなりでもすれば、当人は墓地は20人も前に買ってある事は知っていますが、縁もゆかりもない遠隔地の墓地に入れるのは困りますから、我が家のに入ることになるでしょう。
葬式はもちろん我が家からということになりそうです。

こういうことは、先のお話としても、とりあえず、土曜日に上京しなければなりません。
それから以降はどうなりますやら、という状況です。
生きることは死ぬことの裏返しですから、いろいろあるものです。

私の身よりは、なんだかんだと早死にします。
今書いている2兄は67歳。長男も68歳、3兄は37歳。父は42歳。
母と祖母は80歳台も後半まで生きましたから、男の早死にする家系というのでしょうか。
最も、男どもは全部大酒のみで、ほとんど飲まないのは私だけの家系でも有ります。

私の字画は、運勢から言って「墓守相」だと、昔、言われたことがあります。
たった一人生き残って、身内のものの、墓守をするという光景はあまりいただけませんね。

     

糖尿病検査の日です。

糖尿病検査の日です。
月に1度の検査日です。
冬は散歩が制限されますから、このところ少し太ってきたのが気になります。
77,5キロ増えましたが家内には内緒にしておきましょう。
私は昔貧乏だった育ちですから、美食というものを欲しがりません。
世間的に言えば好みは粗食の分野に入るでしょう。
せがれや、家内がさまざまなものを目の前に出して食べていても手が出ないのが実情です。

お酒も、ぜんぜんといっていいほど飲みませんから、少し甘いものを控えて、運動さえすればすぐに糖尿病の数値は改善されるのです。

家にあった体重計は昨年家内が壊してしまいました。
家内は太らない体質ですが、3人も子供を生んでから、下腹部だけが下に垂れ下がっています。
そのくせ、私の太鼓腹を見て、馬鹿にしているのですから、他人のことは気にかかるのでしょう。

今日は3月になったというのに、吹雪いていてとても寒かったです。
予約していた、「デアゴスチーニ」のPCで音楽を作るという週刊誌が、5冊もたまっていて、そのほかに取り寄せを頼んでいた「歌は誰のものか」という、かって殺人事件を起こして以来封印されていた歌手、克美しげるのヒット曲「さすらい、おもいやり、エイトマン」の復刻曲をCDにして付録にしたものを持ち帰りました。
6千円近くの価格です。
お医者さんに薬代とともに1万円、タクシーに2千円、しみったれたことを言うようですが、なんだかんだと2万円近くの出費の日でした。

カウンター

私がHPを立ち上げて5年ほど経ちました。
最初はいろはもわからず、更新の仕方もわかりませんでしたが、徐々に覚えて、いろいろとページが増えました。
しかし、1年くらいはどなたもいらっしゃいませんでした。4年前に、全面的にリニューアルしてから、お友達も増え、訪れてくださる方が増えてきました。
一昨年、何かしらいろいろな方の往来が多くなったような気がしましたので、一昨年、2006年、12月24日、クリスマスを期してカウンターを設置してみて驚きました。
平均して、1日に百人前後の方がおいでくださっています。

こうしてみると、足跡を残す方は100分の2日、3人なのでした。
いずれにしても、仏画系統で、宗教系の、偏ったサイトとしては驚異的な訪問者数に思います。
この分なら、最初からなら、10万人は超えていたのかもしれません。

私の感覚としては、上記のように偏ったサイトで、おまけに、人間的に偏った管理人ですから、あまり来てくださる方は居ないのではないと、高をくくっていたのでした。

というようなわけで、現在トップページのカウンター29969カウント。
おそらく今日中か、明日早々には3万カウントを達成するでしょう。
1年と2ヶ月で3万カウントは驚異的ですね。
トップページを通らないで、いきなり各ページにおいでくださる方は、この、3万カウントの中に入っていませんから、総合すると大変なことになっているでしょうね。
いずれにしても、常連の皆様、通りすがりの皆様、これからもご愛顧、宜しくお願い申し上げます。

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竹内白雅

Author:竹内白雅

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