大峰庵の日々

時々の思いをつづります。

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イタドリ??

スカンポ


お友達のブログに「イタドリ」を食べたと書いてありました。
私は、子供のときから「スカンポ」と呼び習わしていましたので、「イタドリ」という呼び名は成人するまで知りませんでした。

スカンポは、どこにもありましたから、食べられることは知っていました。
似たような味わいで、田んぼのあぜ道に10センチくらいの草が生えていて、「スッカシ」と呼んでいました。

小さいとき、非常に貧しくて食べるのに不足していたくせに、私の祖母はイタドリやスッカシは食べさせてくれませんでした。
土筆もタンポポも道端の草は食べてはいけないことになっていました。
食べても良い山菜は、独活、ゼンマイ、蕨、秋は何種類かのきのこだけでした。

独活やゼンマイと、イタドリに対する差別意識は祖母のどこから発想したのでしょうね。
道端の草は人や犬猫がおしっこをかけたかもしれないからだと、子供のときに祖母から聞いたことがありました。
イタドリの独特の酸っぱい味わいを知っているのは、こっそりと私がかじった思い出があるからです。

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このごろ

1ヶ月近く前、東京から帰ってきて、疲れがいつまでも取れなかったのが、少し風邪気味の感じで、けだるさと微熱が取れません。
口内炎があって、せっかく作ったばかりの下の入れ歯を入れると、涙が出るほど痛いので、この3日ばかりはずしています。
大口さえ開かなければ、前歯はあるのですから、他人から見て奥歯がないとは分からないでしょう。
しかし、臼歯がないのは食べ物の咀嚼に不自由ですから、明日は歯を入れてみることにしましょう。

今月30日、兄の病気も激変する気配がないうちに、3男も大学が連休に入ることもあって、家内が一応帰宅する予定です。
家内の仕事もたまっていますから、進めておかなくてはなりません。
兄は抗がん剤が始まったようですが、便秘がひどかったり、不眠症気味だったり、血液の何かの数値が倍倍の勢いで増えているそうで、私も、いつ呼び寄せられるかわかりません。

来月1日に、弟が山菜取りに誘ってくれました。
現在、癌を患った兄が、昨年の同時期に来て山独活を背負うほど採ったのですから、人の運勢はわからないものです。

私は山菜取りは好きなのですが、デリケートな体質なのでしょう。アクのある食べ物はあまり食べません。採ってきても他人に分配してしまいます。
今年中に太平洋側に移転してしまうと、おそらく、今年が最後の山菜取りということになるでしょう。

家内が帰ってきて、「あさつき」を味噌で和えたのと、独活のキンピラでもしてくれれば、その程度は食べます。それと、家に、とげのない太さが直径にして25センチほどの山椒の木がありますが、新芽が出たかどうか、家の裏手ですからまだ見ていません。
山椒の若葉も、天麩羅にするとおいしいものです。

山野草

イカリソウ


生まれてから60年来というか、懸案というか、夢というべきか雪国を脱出して、太平洋岸に転居する機会が80パーセントばかり実現しそうな雲行きです。

徐々にいらないものを処分し始め、同時に、少しは雪国の山野草を持ってゆきたいので、少しずつ集め始めました。
手始めは「ショウジョウバカマ」「イカリソウ」
「イカリソウ」は、漢方では崔淫剤になるそうですが、いまさら家内を相手にみだらな妄想を起こすこともなく、昔から女性に持てたことがないのでその方面の必要からではなく、純粋に花が好きだからと理解していただきたいものです。

22歳のときに当地に引っ越しましたが、先祖代々の貴重なものは、そういうことに興味のなかった母が全て廃棄してしまいましたから、新しい引越し先に私が持っていくお宝は何もありません。

様々な本が5000冊近く、ビデオフイルムが2000本近く、撮りためたり、集めたカセットテープが800本ほど、
これだけもっていけば、どこにでも引越しできます。

前に太平洋、後ろに富士山が見えると物件を物色していますが、人生引越しばかりもしていられませんから慎重に選ぶつもりです。

柚子の味噌漬け

昨年お友達から柚子をいっぱい頂きました。
その際、柚子を丸のまま、味噌漬けにすることを教わりましたので、家内が5個ばかりを味噌漬けにして、冷蔵庫に入れておきました。

現在、家内が私の兄弟が病気のために4月はじめから付き添いに上京しています。
炊事のわずらわしさから逃れるために、冷蔵庫をあさったところ、柚子の味噌漬け、菊芋の味噌漬け、菊芋の酒かす漬けの入ったタッパが3つ出てきました。
菊芋は漬け込んでから半年経ちましたので良い塩梅に使っています。
粕漬けも同様でした。

さて、問題の「柚子の味噌漬け」包丁で輪切りにした口に入れてみました。
たちまち、口中に、柚子の風味が広がって、なんともいえないほどおいしいものでした。

味噌漬けですが、塩っ気があまりなく、表現しようもなくおいしいものでした。
お酒を飲む人なら、たまらないでしょうね。
私は微塵に切って、温かいご飯に乗せ、お茶漬けにしていただきました。

Oさん、おいしゅうございました。
ご馳走さま。

こんなことをしました

衝立

右側のように4連の障子衝立が、量販店等に良く売っていますね。
私も15年位前に買いました。
一昨年まで、すごいヘビースモーカーでしたから、障子の面が茶色に変色して見るからに汚らしくなりましたので5年ほど前から物置に放置していました。

このほど、思い切って引っ張り出し、新しい障子紙を右面のように貼りました。
1面貼った所で、「これから夏に向かうのだから」と思いなおし、100円ショップから買っておいたスダレがありましたので、左面のように縁の溝にはめ込んで見ました。
動かないように、溝には、速乾木工ボンドを流し込みました。

4面ですから、1面だけ障子紙、残る3面はスダレという、どこにもない衝立が出来上がりました。

私のアトリエは1階で、ベットを持ち込んで四六時中住んでいます。
クーラーで、冷房が必要になるまでは戸を開け放して昼寝をしますから、格好の目隠しが出来上がりました。

私は貧乏ですから、1度手に入れたものはなかなか捨てません。
保存しておいて、使うときは思いがけないものに変身させます。
今回のスダレ衝立、久々の自信作といえましょう。

寒いことで

昨日、今日は雨が降って寒い日です。

昨日は弟の家で法要があって、ご馳走が並んだのですが、下の奥歯がないものですから汁物だけでつまらない思いをしました。
お酒は飲めば飲めますが飲まないことにしていますので、ビールをコップに三分の一ほど、後はジュースですが、寒い日のジュースはとてもご馳走です。
タバコは止めてから1年と9ヶ月過ぎましたから、なんとも手持ち無沙汰の3時間でした。

そして今日、待望久しい入れ歯ができました。
入れたばかりですから、初体験の女性のような違和感がありますが、すぐに慣れるでしょう。
3月の20日過ぎに奥歯がなくなったのですから、実に20日近く、ろくなものを食べていないので、精力が減退しています。
せいぜい回復に努めましょう。
家内がいないので、お店に行っても、勤めてバランスの良い食材を買います。
最も、家内がいたときも日常の買い物は私がしていたのでなれたものです。
その頃より、野菜類の買い物が増えた程度かもしれません。
料理は、留守になることを予測して、家内が次男を仕込んでおいたのでどうにか間に合っています。

どうにかなるものですね。

おここさんにお返事

花祭り


少し疲れ気味のせいか、HPのトップに、4月8日を期してこの写真を使って花祭りの歌を入れようと思っていたのを、昨日という日まで、失念していました。
仏弟子の癖に、お釈迦様の誕生日をうっかりしていたというのは恥ずかしいことですね。

この写真は昨年の5月の、当地方の花祭りに写したものです。
雪国ですから、毎年5月3日に、成人式、花祭り、着物祭り、13詣で、一緒にするという所です。
そのせいで、忘れていたと言うのは少しいい訳じみていますね。
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昨年、3歳くらいのこの女の子が、お参りしている後姿に、神仏にお参りする原点を見たように思いました。
3歳くらいの年齢で、様々なおねだりをするとは思えませんから、無心に手を合わせたのでしょう。
ほほえましい姿でした。
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1日座っていたというのは御詠歌の集いのことでしょうか。
ご苦労様です。
美しい音色に包まれると、仏事が、一段と荘厳されますね。

やれやれ・・・

昨日兄が退院したので、帰ろうと思って東京駅までの電車に乗りました。
乗ったとたん、不愉快な冷や汗が流れ始め、頭痛、吐き気に教われました。
ようやく東京駅の切符売り場に着き、切符を手にする寸前、とても1時間半かけて家に帰る自信がないことに気がつき、兄の家に帰ることにしました。

帰るなり、トイレに駆け込み、ドッと吐きました。
いつもの、肩こりから来る症状です。
家内がいましたので、久しぶりに手に持てないほどの蒸しタオルを作らせ、目の上から額にあて、2~3回取り替えさせているうちに気持ちよくなり、そのまま眠りました。
夕飯は普通に食べられたので、今回は早い回復です。

今日、通勤ラッシュの始まる前にと思い、午前6時半頃に兄の家を出て、9時前に自宅に着きました。

3月半ばから家と東京を行ったり来たり、疲れがたまっているのが自分でも分かります。

兄の末期癌は回復したわけではなく、念のために手術して、手の施しようが無いとお医者さんが確認しただけですから、余命3ヶ月の宣告が変わったわけでは有りません。

2週間後から抗癌剤を投与するといいますが、気慰めだけだとお医者さんは私に言いました。
これから、最後まで付き添う家内は大変でしょうが、何かというと私を呼びつけそうな予感がします。

とりあえず、注文のたまっている家内の仕事は、材料を東京に送って、家内が付き添いの合間にするしかありません。
それにしても、3日にあげずに呼びつけられないように祈るだけです。
どうも、家内だけでは物足りない様子なのが気がかりの状況です。

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竹内白雅

Author:竹内白雅

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