大峰庵の日々

時々の思いをつづります。

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庭の千草

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奥日光の同級会から、遠く回り道をして1年ぶりに廃屋の新潟の我が家に帰ってきました。

引っ越してからもうすぐ5年、庭に植えていた萩が次々と芽を出して、家への通路を隠していました。
萩に庭を占領された我が家の廃屋風景、風雅といえば風雅ですが、ブラックベリーと秋明菊と萩のせめぎあいすさまじいものです。

故郷はいつ雪になってもおかしくない雨が続いていました。

残してきた廃屋の生活は、土建業者に頼んでいた雪下ろしのときに、落ちたツララで窓が割れていたので寒いといったらありませんでした。
一つだけ残しておいた石油ストーブ、炊事、その他が不自由なために、どうしてもスーパーやコンビニからの出来合いのものばかり食べていたため、おなかの具合がよくありません。
少し胃潰瘍気味です。

近頃は、同級生のやつら、形態で写真を撮るので、一眼レフを持っている私が狙われます。
膨大な数の写真、送れ送れといわれて、承知したものの、帰ってきて考えたら近頃の同級生の住所がわかりません、
特に女性の場合、苗字が変わっているので厄介です。

これから、幹事に新住所をファックスさせるつもりでいます。

来年から、あらかじめ写真代をもらっておかないと貧乏な私は破産しなければならないですね。
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和時計完成

3年ほど前からとり続けていたデアゴスチーニが60号を持って完了したので、懸案の「和時計」を組み立て始めました。
それにしても、毎号、歯車1個にねじが数個の販売ですから、完了まで時間がかかったこと。
週刊誌ほどの雑誌が着いて1冊あたり3000円ほどですから、決して安い買い物ではありません。
私も、中学校のころから関心を持っていた和時計出なかったら手は出さなかったことでしょう。
生まれついて不器用なくせに、工作物がすきなのですね。
中学校3年のころ、本で和時計のことを知って、カラクリというものに興味を持ちました。
中学校卒業とともに時計店に就職したのはそのためです。
もっとも、自分の不器用さに早々と気がついて、6ヶ月ばかりで辞めてしまいました。

それからすでに50年、念願の和時計がついに自分のものになりました。
文字盤表示は数字ではなく、子・丑・寅と昔の不定時法表記です。針が動かないで文字盤が回転します。
ゼンマイの代わりの錘で動きます。

それにしても、2ミリほどのネジやバネ、不器用なところにきて弱い老眼なので骨が折れました。
かてて加えて、この前の出版社の仕事でいやというほど疲れきっていたので楽な作業ではありませんでした。
完成して、錘を巻き上げ、床の間に飾りましたが、時間が来ると「チン・チン」と江戸時代の音がします。
xb

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竹内白雅

Author:竹内白雅

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